執筆:柴田 建一(シバケン)
■ 【序論】:医療機関が「選ばれる」ための新たな基準
医療従事者が高い志を持ち、目の前の命に全力を尽くす。 そんな当たり前のはずの光景が、今、日本の各地で維持困難な状況に陥っています。
私は福岡県警での37年間、刑事部門を主軸に法執行と危機管理の最前線を歩んできました。現在はその経験を活かし、福岡市医師会のアドバイザー、そして「解決の設計士」として、医療機関の組織ガバナンスを支援しています。
多くの院長先生や理事長先生とお話しする中で、共通して聞こえてくるのは「人材の確保」という切実な悩みです。しかし、ここで視点を大きく変えていただきたいのです。 これからの時代、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)対策は、単なるトラブル処理のコストではありません。それは、組織の価値(企業価値)を根本から高め、優秀な人材から「ここで働きたい」と選ばれるための、最も実利的な投資なのです。
■ 【現状分析】:潜在的な「資産流出」の正体を直視する
まず、私たちが直視すべきは、現場スタッフの心がどれほど外部からの圧力にさらされているかという実態です。 日本看護協会による「2023年度 看護職の働き方に関する実態調査」によれば、現場に立つ看護職の半数以上が患者や家族からのハラスメントを経験しています。特筆すべきは、その被害を受けた方の約4人に1人が「退職したい」という思いを抱いているという事実です。
実際に離職する人がそのうちのわずかであったとしても、4人に1人が「辞めたい」と思いながら働いている状態。これは経営の視点で見れば、組織の大切な資産である人材が、いつ流出してもおかしくない「極めて不安定な資産状況」にあることを意味します。
この「声なき悲鳴」を個人の忍耐に委ねるのではなく、組織が「守る体制」を整えること。それこそが、人材定着率の向上、ひいては組織全体のパフォーマンスを最大化させる鍵となります。
■ 【価値の転換】:対策を「コスト」から「ブランド」へ
現在の労働市場において、働き手は驚くほど冷静に職場を選んでいます。 「給与が良いか」以上に重視されているのは、「その職場は、私を理不尽から守ってくれるのか?」という安全・安心への信頼感です。
本年10月には、改正された「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」においてカスハラ対策がさらに強化され、施行されることとなります。現在はその施行に向けた重要な準備段階にありますが、これを単なる「義務への対応」と捉えるのは非常にもったいないことです。
いち早くカスハラ対策を経営の柱に据え、「当院はスタッフの尊厳を何よりも大切にする」という姿勢を明確に打ち出すこと。それが、地域において「最も安心して働ける、格調高い医療機関」としての強力なブランドになります。 安全・安心な職場環境の提供こそが、これからの時代、最高の人材確保ツールとなり、組織の価値を強固に固める「資産形成」となるのです。
■ 【出口の設計】:現場を支え、組織を強くする四つの柱
では、具体的にどのようにして「選ばれる病院」としての価値を創り出すべきか。私は、法・行政・現場の常識をトータルに俯瞰した視点から、以下の四つの柱を提案しています。
1.「組織的防衛」のブランド化
院内にポスターを掲示するだけでなく、ホームページや採用ページに「ハラスメント拒絶宣言」を明記してください。実際にどう守るかのシステムを公開することは、求職者への最強のメッセージになります。
2.「個人の責任」にさせないシステムの構築
ハラスメントが発生した際、当事者に対応を任せきりにするのは「組織の不在」です。即座に上席へ、そして専門部署や我々のような外部のプロへと引き継ぐ「出口」を明確にすること。この「盾」があるだけで、スタッフは安心して医療に専念できます。
3.「情報共有」による組織の一体化
組織としての防衛力を決定づけるのが「情報共有」です。 現場で起きた事象を、横の連携(他部署)や上の階層(経営層)へ即座に共有し、組織として統一的な意思決定を行う体制を整えてください。情報を抱え込まずに共有することで、適切な役割分担が可能になり、特定のスタッフが孤立することを防ぎます。この「風通しの良さ」こそが、ハラスメントを許さない組織風土の土台となります。
4.「事実確定」という防衛インフラ
「なぜその判断をしたのか」を客観的に記録すること。これは、後から机上で振り返る「後出しジャンケン」のような責任追及からスタッフを守るための最大の武器となります。緻密な記録は、組織の誠実さを証明する証拠となり、不当な攻撃を退ける力になります。
■ おわりに:信頼という名の「インフラ」を共に創る
社会は、お互いがプロの判断を信じて託す「信託」の上に成り立っています。 医療という尊い仕事に携わる方々が、不当な要求に怯え、誇りを失うようなことがあってはなりません。
警察官として市民の「助けて」に応えてきた私は、今、医療現場を支える皆さまの「助けて」に応えたいと考えています。スタッフの皆さんが笑顔で、誇りを持って働ける環境。それを提供することこそが、経営者が果たすべき最大の使命であり、最大の企業価値なのです。
本年10月の施行を、組織が生まれ変わるチャンスと捉えましょう。 形式的なルールに縛られるのではなく、現場の「意志」と「判断」を組織が全力で支える。そんな未来を、福岡の街から、皆さまと共に創っていきたいと願っています。
【事案分析と解決の設計士:柴田建一(シバケン)】
医療現場、あるいは組織の運営において、具体的な対応の「出口」が見えずにお悩みの際は、ぜひ私にご相談ください。 37年の法執行の現場経験と、現在の医療安全アドバイザーとしての知見を融合させ、社会の奔流を見据えた「解決の設計図」を描きます。
誰もが安心して、その天職を全うできる環境を。 私はこれからも、現場の皆さんと共に、この難問に立ち向かい続けてまいります。
【お問い合わせ・ご相談窓口】 柴田ガバナンス研究所(Shibata Governance Research Institute) 代表:柴田 建一(シバケン)
