【日本医師会が警告】カスハラ対策マニュアルの死角!法改正後の医療安全と「境界線のゴム鞠理論」

執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)


■ はじめに:日本医師会が鳴らす「医療安全神話」崩壊の警鐘

医療現場の最前線で戦う皆様。 患者さんの不安に寄り添う誠実さを逆手に取った理不尽な攻撃が、今や現場の安全を根底から揺るがしています。

日本医師会が主催した「令和4年度 医療安全会議」では、衝撃的な事実が突きつけられました。全国各地で医師が射殺されるなどの重大事件が相次ぎ、これまでの「日本の医療は安全である」という根拠なき神話は、今や完全に崩壊したのです。

カスハラ法改正が進み、社会全体で対策が急務とされる今、私たちが向き合うべきは、形だけのカスハラ ポスターや、現場に忍耐を強いるだけの対応マニュアルではありません。日本医師会が提起した課題をどう実務に落とし込むか。元警察署長としての実戦経験から導き出した「解決の設計図」を公開します。


1.日本医師会が提起した「4つの死角」と組織の脆弱性

日本医師会は、医療機関がハラスメントに対して脆弱である理由として、以下の4点を厳しく定義しています。これこそが、現代の医療ガバナンスが直面している最大の壁です。

  1. 危機察知力の不足: 事態が悪化してから驚くのは、前兆(シグナル)を捉えきれていない証拠です。これまでの「接遇第一」の教育が、職員の防衛本能を鈍らせてしまった側面は否定できません。
  2. 組織的対応の欠如: トラブルを個人の忍耐やスキルに依存させ、組織として戦っていない体質です。
  3. 情報共有の不徹底: リスクを組織全体で共有せず、特定の言動を「一過性の不満」として埋没させている現状です。
  4. 境界線の曖昧さ: どこまでが正当な苦情で、どこからがハラスメントなのか。この線引きの曖昧さが毅然とした対応を遅らせます。

日本医師会はこの「境界線の判断」の重要性を説いていますが、現場を救うための具体的な解決策となるのが、私の提唱する「ゴム鞠(ごむまり)理論」です。


2.「ゴム鞠理論」:膨らんだ義務の完遂が「最強の盾」になる

「やるべきことをやる(義務の履行)」という範囲は、事案の内容やこちらの過失の有無に応じて、ゴム鞠のように大きく膨らんだり、小さくなったりします。

例えば、重大な医療ミスや注意義務違反が発生した場合、医療側がなすべきケア、再発防止策の提示、誠実な説明といった義務(ゴム鞠)は巨大に膨らみます。 大切なのは、この「膨らんだゴム鞠の線」までを、病院の組織方針として一体となってやり遂げることです。

この膨らんだ義務を完遂したにもかかわらず、なお相手が不当な要求を止めない、あるいは執拗な時間的拘束を続けるのであれば、その瞬間、相手の言動はその線を超えた「ハラスメント」へと確定します。 「やるべきことはすべてやった」という事実があるからこそ、その先で初めて、私たちは毅然とした対応(診療拒否や退去要請)へと、正当な根拠を持って舵を切ることができるのです。


3.実戦技術:状況に応じた「二つのベクトル」3つの運用パターン

日本医師会が指摘した「境界線」を実務で運用するために、私は「応対のベクトル(接遇)」と「対策のベクトル(防衛)」の使い分けを、以下の3つのパターンに分類しています。

①【通常型】義務の完遂後に「切り替える」パターン

最も基本的な運用です。ゴム鞠の膨らみに合わせて「やるべきこと(応対)」を全力で行います。しかし、その範囲をやり遂げてもなお不当な要求が続く場合、「応対のベクトル」を終了し、即座に「対策のベクトル」へと切り替えます。 これにより、毅然とした診療拒否や退去要請に正当性が生まれます。

②【緊急型】違法行為により「即座に停止」するパターン

大声を出す、物を叩く、威圧的な暴言を吐くといった犯罪性を帯びる外形的な行為が発生した場合、応対のベクトルは即座に停止させ、対策のベクトル一色へと完全に切り替えます。 恐怖を感じる違法行為に対し、無理に接遇を続ける必要はありません。

③【特殊型】紛争事案における「同時並行」パターン

賠償額などを詰めている「紛争事案」が客観的に想定される場合、解決の手続きを進めること自体が「やるべきこと(応対)」となります。しかし、適切な手続きが進行しているにもかかわらず、現場で執拗な嫌がらせが続く場合、紛争処理(応対)を進めながら、同時にハラスメント拒絶(対策)を発動するという、二つのベクトルの同時並行が必要になります。


4.組織方針の決定こそが、現場を守る最後の砦

日本医師会が指摘した「組織的対応の欠如」を克服するためには、現場の個人に判断を委ねるのではなく、病院全体としての方針決定が不可欠です。

「どこまでがなすべき対応(ゴム鞠)で、どこからが毅然とすべき対応か」 これを組織として明確に定義し、共有すること。そして、紛争事案であれば司法手続きというレールに乗せることを明確にし、それ以外の不当な干渉は断固として拒絶する。この「組織の意志」こそが、職員の心理的安全性を守る最大のインフラとなります。


結びに:安全なくして、良質な医療はなし

日本医師会が安全神話の終焉を突きつけている今、医療業界全体が意識を変えるチャンスです。 ゴム鞠の膨らみに合わせて「やるべきこと」をやり抜き、その線を超えたものには組織として一歩も引かない。この境界線を明確にすることが、職員を守り、ひいては患者さんの健康を守ることにつながります。

カスハラ訴えるという強い意志は、組織としての正しい「設計図」があって初めて実を結びます。 安全な職場環境なくして、誇りある医療は存続しません。共に、最強の盾を設計していきましょう。

「事案分析と解決の設計士」シバケン

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