執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)
■ はじめに:医療安全を切り裂く「情報の刃」と現場の萎縮
医療現場の最前線で戦う皆様。日々、患者さんの生命を守るための献身的なご努力に、心から敬意を表します。
今、医療現場で深刻な問題となっているのが、個人情報保護法の解釈を巡るトラブルと、それに端を発するペイシェントハラスメント(ペイハラ)です。
情報は、いわば「鋭利なナイフ」です。正しく研ぎ、理論という技で使いこなせば、患者さんを救い、組織を守る最高のツールになります。しかし、中途半端な知識や「漫然とした慣例」という錆びた刃で振り回せば、自分自身を傷つけ、組織の信用を切り刻む凶器へと変貌します。
私は現在、福岡市医師会看護専門学校の講師として、また福岡市医師会の安全対策サポートアドバイザーとして、多くの学生や現場の皆様にこの「情報の扱い」の重要性を説いています。
今回は、私が実際に解決の設計図を描いた「親子断絶と個人情報」の事案を基に、なぜ「家族だから」という思慮不足が致命的なハラスメントを誘発するのか、そしてどのようにして「不退転の決意」で組織を守るべきか、その本質を解説します。
1.実録:漫然とした「思慮不足」が招いた、ハラスメントの着火点
【事案の背景】 患者は80代の男性。心臓系の手術を控えていました。本人は極めて意識清明で、現役で仕事をこなすほど「しっかりした」人物でした。病院側は適切にインフォームドコンセントを行い、本人の意思決定プロセスを丁寧に踏んでいました。
問題は、その後の「段取り」で起きました。病院側は唯一の肉親として実の息子の存在を把握していました。そして、重大な手術を前に、「息子がいるのだから連絡するのが当たり前」という、漫然とした、あまりに思慮不足な判断を下してしまったのです。本人の同意を改めて確認することなく、息子へ連絡を入れ、手術の事実を伝えました。
【表面化しない「危うい適法」の罠】 通常、こうしたケースが大きな問題になることは稀です。それは、多くの家族関係において「黙示の承諾(同意)」という概念が曖昧に適用され、表面化していないだけだからです。「家族なんだから了解しているはずだ」という、法的根拠に基づかない期待値の上で現場が回っているに過ぎません。
しかし、今回のケースでその「甘さ」は露呈しました。実はこの親子は事実上の絶縁状態にあり、病院側の「無自覚な慣例」は、本人にとって「最も知られたくない相手への情報漏洩」という致命的な法的過失に直結してしまったのです。
2.「親子・夫婦も第三者」という冷厳な法的事実を刻め
医療機関がまず真っ先に認識を改めるべき事実があります。 それは、「たとえ親子であっても、夫婦であっても、法的には厳然たる第三者である」ということです。
個人情報保護法 第27条第1項は、本人の同意なき第三者提供を原則として禁じています。
多くの現場では、「何が何でも同意を取らなければならない」という硬直的な理解に陥るか、逆に「家族なら話していい」という思慮不足な慣例に流されるかの二極化が見られます。しかし、真に現場を守るのは、以下の条文の深い理解に基づく「理論武装」です。
個人情報保護法 第27条第1項第2号 「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」
この規定があるからこそ、緊急時には同意なく情報を提供できる可能性があります。しかし、今回のケースのように「本人が意識清明で同意を取れる状況」であれば、この例外は適用されません。
「同意がないからダメだ」と萎縮するのではなく、「今の状況で、どの条文を根拠に、どのような理屈を立てて患者と向き合うべきか」。この理屈を立てて考える習慣化(癖付け)こそが、プロとしての研鑽なのです。
3.ベクトルの転換:適正手続きという「盾」と毅然とした「矛」
この思慮不足な隙を突いた患者側(親子)の攻撃は苛烈でした。診察中であっても面会を強要し、「違法行為だ」「裁判にする」と執拗に攻め立てる。これはもはや「正当な苦情」を超えたハラスメントです。
私はこの事案に対し、「接遇(寄り添い)」から「対策(防衛)」へのベクトルの切り替えを断行しました。
① 適正手続き(デュープロセス)による理論武装 病院側は、決して感情的に謝ったわけではありません。
- 弁護士との協議: 適正な解決金の準備と、法的な見解の整理。
- 個人情報保護委員会への報告: 自ら不備を報告し、公的な指導を仰ぐ。
- 具体的再発防止策の策定: 安全管理措置の徹底を明文化。
このように、法が求める「なすべきこと」をすべて準備した上で、病院側は「プロセス上の不備」について率直に謝罪しました。
② 毅然とした「打ち切り」の宣告 なすべきことを完遂した後は、一切の迷いを捨てます。謝罪後もなお執拗に面会を強要し、診療を妨害する相手に対し、私たちは最後通牒を告げました。
「私たちができる適正な手続きと対応は、すべて完了しました。これ以上の面会には応じられません。裁判を望まれるなら、どうぞご自由になさってください。私たちがそれを止める立場にはありませんし、止めるつもりもありません。司法の場で決着をつけましょう」
これこそが、私の信条である「武士は食わねど高楊枝」の精神です。 腹の内では不安があろうとも、適正手続きという「鉄壁の盾」があるからこそ、私たちは淡々と、悠然と振る舞い、相手の理不尽な支配を断ち切ることができるのです。
4.実務で使える「個人情報保護法」の研鑽こそが最強の防衛策
医療機関の信用は、情報の扱い一つで決まります。今、求められているのは「同意の有無」を確認する事務作業ではなく、実戦で使えるレベルの法令研鑽です。
- 情報のナイフを研ぎ澄ます: どの条文が自分たちの武器になり、どの解釈が自分たちを救うのか。それを知らないまま現場に立つのは、丸腰で戦場に行くのと同じです。
- 理論武装のための習慣: 日常の想定しうるケースごとに、「この場合は生命身体に関わるから、こう理屈を立てて情報を提供しよう」とシミュレーションする癖をつけてください。
- 専門家による教養の必要性: 形式的なマニュアル配布では、現場の思慮不足は解消されません。
私自身、福岡市医師会看護専門学校などの教壇に立ち、実戦的な個人情報保護法の講師を務めています。個人情報保護委員会と数多くの質疑を重ねてきた私の経験から言えば、医療という「公共の善」を担う現場こそ、法の解釈を能動的に使いこなし、理論武装を完璧にする必要があります。
客観的な「理論の組み立て方」を学ぶ勉強会を積極的に実施することは、理不尽な嵐から職員を守り、地域の医療体制を維持することに直結します。
■ 結びに:安全なくして、誇りある医療なし
「寄り添い」は医療の本質ですが、それは職員の皆様が安全に働ける環境があってこそ成立します。
個人情報の扱いを「漫然とした慣例」から、適正手続きに基づいた「鉄壁の理論」へと昇華させる。たとえ不安があろうとも、現場では「武士は食わねど高楊枝」の気概を持って凛と立つ。この「自信」こそが、ペイハラという現代の病を治す特効薬になります。
シバケンは、皆さまがその「自信」を持って現場に立てるよう、これからも実務に根ざした「解決の設計図」を届け続けます。
ワンダフル! (シバケンだけに)な解決の先には、安全で静かな待合室と、職員の皆さまの笑顔が必ず待っています。
【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】
37年の法執行現場経験と、現在の医療安全支援の知見を融合。 現在は福岡市医師会安全対策サポートアドバイザー、福岡市医師会看護専門学校講師等として、実戦的な個人情報保護・危機管理の普及に努めています。
