皆さま、こんにちは。事案分析と解決の設計士、シバケンこと柴田建一です。
2026年5月。博多の街を熱く染めた「どんたく」の喧騒が過ぎ去り、初夏の爽やかな風が吹き抜ける季節となりました。人生の第4クォーターを全力で走り抜ける63歳の私ですが、今日も地域の医療ガバナンスを守る「司令塔」として、現場の皆さまと共に、ある「大切な対話」を重ねております。
その対話のテーマとは、「立派なマニュアルが、なぜ現場の孤独な闘いを救えないのか」という、多くの組織が直面している切実な課題です。
「指針に沿ったマニュアルは整備した」 「研修も定期的に実施している」
多くの病院経営者の方は、そう仰います。しかし、現場に一歩足を踏み入れれば、そこにはマニュアルの文字とは裏腹に、疲弊し、戸惑う職員の方々の姿があります。私は、福岡県警での警察官人生の中で数多の組織の「理想と現実」を、そして現在の医療安全の現場で「形骸化した仕組み」の危うさを目の当たりにしてきました。刑事としての現場経験や、財務省・国税庁への出向で培った多角的な視点から見れば、今の医療現場に必要なのは単なる「書類」ではありません。
カスタマーハラスメント(以下、PHar)対策において、「仕組み(マニュアル)を作って満足すること」は、時として現場にさらなる無力感を与えてしまうことがあります。
今日は、なぜマニュアルという「器」の先にある「運用」こそが組織の質を決めるのか。そして、そこに吹き込むべき「組織のカラー(哲学)」について、設計士の視点で紐解いていきたいと思います。
1. マニュアルという「静止したルール」の限界
多くの組織において、マニュアルの作成は「対策の完了」と捉えられがちです。しかし、本来それは「スタートライン」に過ぎません。
立派なマニュアルがあるにもかかわらず、現場が救われにくい最大の要因は、マニュアルの内容と、実際の現場での意思決定が「乖離」していることにあります。
例えば、マニュアルには「不当な要求には毅然と対応する」と記されていても、実際にトラブルが起きた際、組織の対応が「とりあえず今は穏便に、謝って収めておこう」という方針であれば、そのマニュアルは職員を守る力を失います。
むしろ、マニュアルという「正論」があるがゆえに、現場は「ルール通りにできない自分たちが悪いのではないか」「結局、誰も助けてくれないのではないか」という二重の絶望を抱くことになりかねません。この「理想と現実のズレ」こそが、ハラスメント対策において最も警戒すべきリスクであり、世のリーダーが「さもありなん」とうなずく組織の陥りやすい罠なのです。
2. 運用に反映される「病院のカラー(哲学)」
仕組みに「命」を吹き込むのは、マニュアルの行間にある経営層の「想い」と「覚悟」です。
組織の文化(カラー)とは、トップが「何を大切にし、何を許容しないか」という価値判断の集積によって形作られます。PHar対策という、正解のない人間関係の対立においては、その「運用」のあり方に、病院独自の哲学が如実に反映されます。
- 「職員の安全と尊厳を、組織の最優先事項とする」というカラー
- 「地域医療の維持という使命感に基づき、組織として一貫した毅然たる姿勢を持つ」というカラー
これらは言葉で掲げるだけでなく、日々の具体的な事案への対処を通じて、現場に浸透していくものです。院長や理事長が「私たちの病院は、理不尽な攻撃から職員を必ず守り抜く」というメッセージを、言葉と行動の両面で発信し続ける。この「経営層の意識改革」があって初めて、マニュアルという器に「運用の魂」が宿るのです。
3. 「接遇」と「ハラスメント対策」:表裏一体の運用設計
仕組みを動かす上で最も重要なのは、「丁寧な接遇」と「組織的なハラスメント対策」が、決して別物ではなく、表裏一体の対策であるという認識です。
① プロフェッショナルとしての接遇と寄り添い
医療機関である以上、患者さまへの共感や寄り添い、そしてプロとしての接遇マナーを尽くすことは大前提です。やるべきことをしっかりと行い、誠実に対応することこそが、病院としての正当性を担保します。
その中で重要な役割を果たすのが「限定謝罪」です。不快な思いをさせてしまったという事実や、その場の状況に対しては、プロとしてのマナーとして真摯にお詫びをする。しかし、それは「非がないことまで認める」ことではありません。この「誠実な寄り添い」と「事実の切り分け」を両立させる接遇こそが、実はハラスメントを防ぐ最強の予防策となります。
こちらの記事も合わせて読むと、より対策が具体的に分かります。限定謝罪のフレーズ選びや現場での初期対応については、以下のブログで詳しく解説しています。 https://shibaken-poli.com/2026/05/07/
② 境界線を定める「危機察知力」
では、どこまでが「寄り添うべき接遇」で、どこからが「防衛すべきハラスメント対策」なのか。その境界線を見極めるのが「危機察知力」です。
- 「人」への着目: 職場環境を害するまでには至らないものの、微細なクレームを繰り返す兆候があるなど、その人物の特性に応じた慎重な判断。
- 「内容」への着目: 要求の理不尽さや、自己中心的な主張の度合いに基づいた客観的な評価。
「ここまでは誠心誠意対応するが、これ以上は組織として看過できない」という範囲を、現場が危機察知力によって察知し、即座に組織的な対応へとフェーズを移行させる。この一連の流れがスムーズに運用されて初めて、接遇マナーは職員を守る武器へと変わります。
③ 組織として準備すべき「具体的な措置」
境界線を越えたと判断された場合、組織には段階的な対応が求められます。管理職への引き継ぎや窓口の一本化、さらには文書による警告や外部機関への通報など、医療機関が取り得る措置には代表的なものだけでも12の項目があります。
これらの具体的な措置の内容については、皆さまが「いつ、どのように使いこなすべきか」を判断できるよう、後日のブログで改めて詳しく解説いたします。重要なのは、こうした具体的な「手の内」を組織として準備しており、いざという時に迷わず実行できるという「運用の確信」です。
4. 「安心の環境」がもたらす、人材の定着という果実
昨今、多くの医療機関が人材の確保と定着という難題に直面しています。しかし、ここで論理の順序を違えてはなりません。
「人材確保のために、ハラスメント対策を充実させる」という発想は、ともすれば手段が目的化してしまいがちです。そうではなく、「法の趣旨に基づき、職員の安全安心な就業環境を確立する」という、組織としての原点に立ち返ることが肝要です。ベンチプレス130kgを挙げるトレーニングと同じく、確固たる土台(環境)があってこそ、その上の成果(人材)が積み上がるのです。
誠実な接遇を尽くしながらも、理不尽な攻撃からは組織が盾となって守ってくれる。この「安全安心な職場環境」が、病院の揺るぎないカラーとして確立されたとき、その魅力に惹かれた誇り高い人材が、自然と集まり、定着していくのです。運用の徹底とは、すなわち「職員を大切にする」という姿勢の具現化に他なりません。
5. 結びに:一歩踏み出す勇気が、病院の未来を築く
皆さま、今一度、お手元のマニュアルを見つめ直してみてください。そこには、現場で真摯に患者さまと向き合う職員の顔が浮かんでいるでしょうか。
もし、それが現状と乖離した「理想論」に留まっているのなら、今こそそこに「運用の魂」を吹き込む時です。適切な接遇と毅然とした組織対応を表裏一体のものとして捉え、誰が対応しても誠実かつ毅然とした態度を取れる仕組み(ガバナンス)を構築すること。
「小さな違和感」を、組織一体となって早期に完結させる。この運用の積み重ねだけが、二度と悲劇を繰り返さない、そして地域の命を救い続ける「不落の城」を築く礎となります。
「仕組み」は完成して終わりではありません。今日、現場のスタッフの声に耳を傾け、「何があっても組織が守る」という姿勢を示すことから、真の対策は動き始めます。大好きなソフトバンクホークスの試合をドームで応援するように、現場の職員を全力で鼓舞し、支え合える組織であってほしいと願っています。
こうしたマニュアルの再構築や、組織独自のカラーを反映したガバナンス体制の運用でお困りのことがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。37年間にわたる警察官人生の中で培った危機管理の知見、元警察署長としての実務経験、財務省・国税庁への出向経験、そして現在の福岡市医師会安全対策支援アドバイザーとしての専門知識を活かし、皆さまの組織がスタッフを確実に守る「不落の城」となるよう、やんわりと、しかし全力でサポートさせていただきます。ホームページのお問い合わせフォームより、いつでもご連絡をお待ちしております。
事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)
