■ はじめに:医療現場を襲う「自由」という名の無秩序
皆さま、こんにちは。シバケンこと柴田建一です。 福岡の街並みが新緑に包まれるこの季節、病院経営もまた活気がみなぎる頃ですが、一方で経営陣の皆さまの心の中には、言葉にできない「モヤモヤ」や労務への不安が渦巻いていることも少なくありません。
「腕はいいが、院長の指示を全く聞かない医師がいる」 「SNSに私的な投稿と並べて、患者に関わる情報を平気でアップしている」 「手術後の経過も構わず、自分の都合で帰ってしまう」
これらは単なる「性格の不一致」ではありません。組織の土台である「就業規則」という設計図の欠陥から生じる、極めて重大な医療ガバナンスの危機です。 今回は、私が実際に解決に導いた「副院長による独断専行事案」を基に、医療機関が今すぐ整えるべき「組織の掟」について、コンプライアンス的観点から徹底解説します。
◆ 実録・労務トラブル:病院を機能不全に陥れる「単独行動に走る」副院長
【事案の背景:信頼という名の放置が招いたリスク】
今回の相談主は、ある中規模病院の院長先生。悩みは、長年苦楽を共にしてきたはずの「雇われ副院長」の言動でした。かつては良好だった二人の関係にいつしか亀裂が入り、副院長は院長の正当な業務命令を完全に無視するようになりました。
- 不適切なSNS利用による情報漏洩リスク: 私的なSNSアカウントに、医療現場の裏側や患者のプライバシーに触れかねない内容を、自身のプライベートな投稿と混ぜこぜにして頻繁にアップ。
- 職務放棄に近い勤怠・業務命令拒否: 手術のスケジュールや術後の経過観察が山積しているにもかかわらず、「自分の予定があるから」と定時で帰宅。正当な残業命令も平然と拒否する。
【診断:機能不全に陥った“ひな形就業規則”の盲点】
相談を受け、私はまず病院の「就業規則」を詳細に分析しました。そこで目にしたのは、どこにでもある「定型のひな形」をそのまま備え付けただけの、形骸化した規則でした。
- SNSへの投稿に関する具体的なガイドライン(ネットリテラシー規定)がない。
- 残業命令の法的根拠や、管理職(副院長)としての具体的な職務権限・義務が明文化されていない。
- それらに基づく「懲戒規定」が曖昧で、具体的な指導や命令を出す根拠がどこにもなかった。
これまで「人間関係」という名のお互いの阿吽の呼吸(薄氷)の上でかろうじて保たれていた秩序は、その氷が割れた瞬間、底なしの混乱へと一気に転落してしまいました。
◆ トラブルの本質:「世知辛い時代」だからこそ必要な、制度と運用の両輪
医療は、究極の「人間関係」の上に成り立つ仕事です。患者さんとの信頼関係、スタッフ同士の強固な連携。私のこれまでの経験からも、人間関係や良好なコミュニケーションこそが、組織の制度を形骸化させず、最も効率的に実行化していくために不可欠な「一等大事な要素」であると言いきれます。
かつては、制度や規則を細かく突つかずとも、皆がそれぞれの道徳観や価値観を持ち、「常識の範囲内」で自然とスムーズな運用ができていました。お互いの顔が見える信頼関係だけで、組織は十分に機能していたのです。
しかし、時代の流れとともにコンプライアンス(法令遵守)の重要性は増し、働く側の価値観も多様化しました。ルール不在のまま「個人の良識」だけに頼ることは、現代の病院経営においてあまりにもリスクが高すぎます。
規則ばかりを並べるのは一見、非常に世知辛く感じられるかもしれません。しかし、コンプライアンスによって組織を整備し、経営を健全化することは、スタッフと患者さんを守るための厳然たる事実なのです。
つまり、「制度が組織を整備し、コミュニケーションや人間関係による運用が制度を生かす」。この一対の両輪こそが、現代の組織防衛における真理です。
◆ ガバナンス強化策:医療機関が今すぐ「理論武装」すべき3つのポイント
事案の解決にあたり、私は病院全体のリスク設計をやり直しました。人間関係という「柔らかい力」を正しく機能させるために、まずは就業規則という「硬い骨組み(制度)」を最低限、以下の3点で補強しました。
① 【SNSガイドライン】厳格な利用規定の策定
今や情報の漏洩はSNSから始まります。プライベートと業務の境界線が曖昧な投稿は、たとえ悪意がなくても医療機関の信用を一瞬で失墜させます。「個人情報の保護」だけでなく、「医療従事者としての品位保持」を明文化した厳格なガイドラインが必要です。
② 【職務権限の明確化】「勤務命令」の再定義と事務分掌
特に副院長などの管理職については、単なる医師としての役割だけでなく、組織運営の一部を担う「事務分掌(具体的職務)」を明確に定めるべきです。「残業命令」や「手術優先の原則」を個人の良心に任せるのではなく、規則としての「命令」に格上げする。これにより、初めて「指導」や「懲戒」に法的な根拠が生まれます。
③ 【懲戒規定の実戦化】現代の労務トラブルへの適応
「ひな形」の懲戒規定は往々にして、現代の複雑なハラスメント事案や情報の不適切利用に対応しきれないケースがあります。どのような行為が組織の利益を害し、どのような段階を経て処分が下されるのか。この透明性(制度)があってこそ、現場は安心して健全なコミュニケーションを図ることができます。
💡 あわせて読みたい:もう一つのハラスメントリスク
2026年10月の改正法施行を控え、スタッフを孤立させないための組織ガバナンスが今、強く求められています。こちらの対策についても別記事で徹底解説しています。
👉 【医療現場のカスハラ対策】2026年10月施行の改正法に備える!患者の理不尽な要求(ペイハラ)からスタッフを守る組織ガバナンスとリスク管理の設計図 (https://shibaken-poli.com/wp-admin/post.php?post=498&action=edit)
◆ ベクトルの転換:制度(形式)が人間関係と組織の信頼を救う
「ルールを厳格にするのは冷たい気がする」「せちがらい組織にしたくない」とおっしゃる院長先生もいます。しかし、確固たる根拠を持った実務の視点から断言します。
形式(ルール)を整えることは、人間関係を「守り、生かす」ことです。
ルールが明確に整備されているからこそ、指導の際に「嫌いだから怒っている」のではなく「規則に反しているから正す」という、感情を排した客観的なコミュニケーションが可能になります。これにより、不必要な人間関係の泥沼化を防ぎ、むしろお互いの信頼関係を健全に保つことができるのです。
私はこの病院に対し、まず規定の不備を修正(制度の整備)して、その上で副院長に対し、「組織の掟」に基づいた指導を行いました。根拠が明確になったことで、それまで独断で動いていた副院長も自身の立ち位置を再認識せざるを得なくなり、結果として、組織全体の空気が引き締まりました。制度が整ったことで、ギスギスしていた人間関係が整理され、本来の医療業務に集中できる健全な環境が取り戻されたのです。
■ 結びに:地域の命を守る「不落の城」を築くために
医療従事者は、地域の健康と生命という、重要な責任を負った、最高に尊敬すべきプロフェッショナルです。その誇りある仕事を支えるのは、間違いなくお互いのリスペクトに基づいた「人間関係」と「コミュニケーション」です。しかし、時代の変化の中でその関係性が揺らいだとき、組織を瓦解させないための「最後の砦」であり「土台」となるのが就業規則(制度)に他なりません。
私は37年間にわたり法執行の現場(警察署長など)で危機の最前線に立つとともに、財務省や国税庁への出向を通じて、より大局的なコンプライアンスと組織統治のあり方を学んできました。その経験から確信しているのは、「公正で隙のない制度設計があって初めて、人はその能力と温かみを最大限に発揮できる」ということです。
現在は福岡市医師会の安全対策サポートアドバイザーや看護専門学校の講師として医療現場のガバナンス設計に携わっていますが、この「制度が組織を調律し、人間関係がそこに命を吹き込む」という信念が揺らぐことはありません。
制度が組織の枠組みをカチッと整備し、血の通った人間関係がその制度を動かしていく。この両輪が揃って初めて、患者さんからも地域からも信頼される最強の医療チームが創り上げられます。
もし、貴院の組織の土台や人間関係の運用に少しでも不安を感じる部分があれば、どうぞ一人で抱え込まずに、まずはお気軽にご相談ください。足元の「設計図」を一緒に見つめ直すことから、新しく、より強固な安心への一歩が始まります。
ワンダフル!(シバケンだけに)な組織改革を、一緒に目指していきましょう。
