【ペイシェントハラスメント対策】精神疾患の疑いがある患者への対応~医療的配慮を行うとともに、ハラスメント行為は容認しないリスクマネジメント設計図

執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)

目次

■ はじめに:現場の「直感」は、安全管理の警報である

医療現場の最前線で、日々患者さんのために尽力されている皆様に、心からの敬意を表します。

現場から寄せられる相談で特に神経を使うのが、「診断はついていないが、明らかに受け答えが普通ではない」「過剰な自己主張や感情の爆発があり、対応に苦慮している」といった、精神疾患の可能性が頭をよぎる患者さんへの対応です。

こうしたケースに直面したとき、現場の皆様の心には2つの迷いが生じがちです。 1つは、「病気かもしれないから、厳しく接してはいけないのではないか」という優しさゆえの戸惑い。 もう1つは、「精神疾患の患者さんだから、マニュアルにあるような毅然とした対応をしても意味がない(通じない)のではないか」という、ある種の諦めに近い思い込みです。

私が数多くの相談を受ける中でも、こうした葛藤を抱えられるケースは本当に多く見受けられます。目の前の患者さんと真摯に向き合っているからこそ湧き出る、当然の心理状態だと言えるでしょう。

しかし、その優しい迷いや諦めの隙こそが、職員の心を摩耗させるペイシェントハラスメントを増長させる原因になってしまいます。今回は、37年の法執行現場での経験と、現在の医療安全アドバイザーとしての知見を融合させ、患者さんへの適切な「医療的配慮」を行うとともに、職場の安全を脅かす「ペイシェントハラスメント行為」は決して容認しない、その具体的な設計図を提示します。

1.「精神疾患の疑い」をどう捉えるべきか

医療の専門家である皆様が「この患者さんは少し傾向があるのではないか」と感じる主観は、多くの場合、現場の安全を守るための大切なアラートです。

  • 診断の有無よりも「行為」に着目する 「診断書がないから、健常者として扱うべきか」と悩む必要はありません。大切なのは、「現在の言動が、職場の安全や他の患者さんの療養環境を脅かしているか否か」という視点です。
  • 「配慮」を行うとともに「容認」はしない 相手に事情がある「かもしれない」からといって、暴言や威圧的な態度を無制限に受け入れる義務は病院にはありません。医療提供者として必要な配慮を尽くすことと、理不尽なペイシェントハラスメント行為を容認することは全く別物です。むしろ、そのような不安定な状態が予想されるからこそ、病院側には職員を守るための「安全配慮義務」をより強く意識する責任が生じるのです。
  • 法的な「事業者の義務」に精神疾患の除外規定はない 近年の法改正に伴い、事業者にはペイシェントハラスメントから労働者を守るための雇用管理上の措置義務が厳格に求められています。ここで見落としてはならないのは、「相手が精神疾患の患者である場合は、この義務を免除する」という除外規定などはどこにも存在しないという事実です。 法律が保護しようとしている益(保護法益)は、あくまで「職員が安心して働ける職場環境の安全」そのものです。医療的配慮がどれほど重要であっても、それによって職員の安全安心が害されてよい正当な理由は、法的な観点からも絶対にあり得ません。

👉 現場の安全を法的に守るため、まず医療従事者が実践すべき「客観的な事実の記録術」については、過去のこちらの記事もあわせて参考にしてください。 【ペイハラ対策】理不尽な暴言に屈しない!医療現場の誇りと身の安全を守る「シバケン流・防衛カルテの書き方」 (https://shibaken-poli.com/wp-admin/post.php?post=446&action=edit

2.シバケン流「ゴムマリ理論」:相手に合わせて「壁」を設計する

私が提唱する「ゴムマリ理論」は、相手の状態に合わせた柔軟な対応と、揺るぎない境界線を両立させる防衛術です。

  • 「クッション」で丁寧に受け止める 精神疾患の可能性がある患者さんに対しては、受け答えにおいて「クッション(丁寧な説明や傾聴)」を通常より厚めに設定し、まずは安心感を提供します。これは医療機関としての「適切な医療的配慮」です。
  • 「壁」の硬さは維持する どれほどクッションを厚くしても、「ここから先(暴言、暴力、過度な拘束)は絶対に許さない」という防衛線(壁)は、決して後退させてはいけません。

「どうせ通じないだろう」と諦めず、相手に寄り添う配慮を行うとともに、「この境界線は絶対に動かない」という一貫した態度を示すことが、結果として患者さん自身の落ち着きを取り戻すことにもつながるのです。

3.【事例紹介】毅然とした対応が「ルール遵守」を生んだ2つのケース

精神疾患、またはその疑いがある患者さんに対して、医療的配慮を丁寧行うとともに「厳しい姿勢(ルール)」を示すことは、決して無意味なことではありません。明確な社会的ルールを示すことで事態が劇的に改善した事例を2つご紹介します。

事例①:メンタルヘルスクリニックでの不当要求と劇的な変化

実際に私が相談を受けた、あるメンタルヘルスクリニックの事例です。すでに精神疾患の診断がついている患者さんでしたが、受付で「障害者手帳を出さずに診察しろ」「診察は5分以内で終わらせろ」といった不当要求を、毎回5~10分にわたり威圧的な大声で繰り返していました。

スタッフが恐怖を抱くほどのエスカレートを受け、私の指導のもと、院長から「他の患者さんとの公平性や院内ルールに基づき、これ以上の不当要求や威圧的な言動が続く場合は、今後の診療をお断りせざるを得ない」と、毅然とした態度で直接警告を行いました。「病気だから言っても無駄かもしれない」という現場の不安に反し、その日は捨て台詞を残して帰った患者さんでしたが、次回の診察からは一転、これまでの迷惑行為が嘘のように消え去り、ルールを厳守して穏やかに受診されるようになったのです。

事例②:警察捜査の現場で見た「病気とルールの境界線」

私が警察組織で数多くの事件を手掛けてきた際にも、精神疾患の疑いがある人間による事案に多く直面しました。逮捕後、最終的に医療措置(措置入院など)に移行するケースであっても、実は驚くべき共通点があります。

社会的なルールやペナルティという「厳しい姿勢」を明確に突きつけられると、彼らは同様のトラブルをピタッとやめるという事実です。「モノを蹴っていた人間は蹴らなくなり、棒や刃物を持っていた人間はそれらを持たなくなる」のです。病気の特性には配慮しつつも、「守るべき最低限のルール」を社会が妥協なく主張すれば、患者側にもそれを守ろうとする意識は確かに働きます。

4.実戦:適正な手続きを「解決のプロセス」に組み込む

もし、丁寧な配慮を尽くしても事態が好転せず、業務が著しく妨害される場合は、速やかに次のステップへ進みます。

  1. 明確な宣告: 診察の必要性を医学的に判断した上で、「お帰りください」と退去を促します。
  2. 不退去への対応: 「帰らない」という状態が続く、あるいは威嚇が止まらない場合は、即座に110番通報を行います。
  3. 警察との連携: 警察が来た際は、ありのままの事実を伝えます。

「病気があるから対応しても意味がない」「通報をためらう」のは、かえって事態を深刻化させます。警察などの第三者が介入し、「社会的なルール」という枠組みを提示することで、ようやく事態が収束するケースは多々あります。

■ 結びに:安全なくして、誇りある医療なし

「寄り添い」は医療の本質ですが、それは職員の皆様が安全に、そして尊厳を持って働ける環境があってこそ成立するものです。

精神疾患の疑いがあるからといって、現場を疲弊させていい理由にはなりません。病院全体として、患者への丁寧な医療的配慮を行うとともに、「現場の安全安心を守る」という原点に立ち返り、組織としての義務を全うし、毅然としたルールを運用する。その強固な設計図があるからこそ、職員は安心して最高のパフォーマンスを発揮できるのです。

私自身、元警察署長としての37年間に及ぶ法執行現場での経験や、国税庁・財務省への出向経験を通じ、組織防衛とリスク管理のあり方を多角的に追求してまいりました。現在は福岡市医師会安全対策サポートアドバイザーや看護専門学校講師として、それらの知見を医療安全の現場へ還元することに尽力しています。もし、いま現在も対応に苦慮している具体的な事案がございましたら、孤立して悩まず、どうぞ遠慮なくシバケンまでご相談ください。

ワンダフル!な解決の先には、安全で静かな待合室と、職員の皆様の笑顔が必ず待っています。

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