【医療ガバナンス】なぜ「厳しさ」の後にファンが生まれるのか?元警察署長が教えるハラスメント対応の極意「巻き戻し」の設計図

執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)

■ はじめに:なぜ現場は「毅然とした対応」ができないのか

皆さま、こんにちは。事案分析と解決の設計士、シバケンこと柴田建一です。

初夏の風が心地よく街を駆け抜ける季節となりました。病院の経営管理やリスクマネジメントを担う皆さまにおかれましては、日々の過酷な業務に加え、現場の安全な環境づくりに多大なるご尽力をされていることと存じます。

さて、昨今の医療安全や組織統治において、「医療機関に対する理不尽な要求や暴言、すなわちペイシェントハラスメント(ペイハラ)に対しては、組織として毅然とした対応をとりましょう」という指導が盛んに行われています。各医療機関でも、マニュアルの作成や研修の実施など、さまざまな対策が進められていることでしょう。

しかし、経営のトップ層や安全対策の責任者がどれほど「毅然と対応せよ」と号令をかけても、現場の医師や看護師、受付スタッフがそれを実際の行動に移すことは極めて難しいというのが、医療界の深刻な現状です。

なぜ、現場は一歩を踏み出せないのでしょうか。

それは、医療現場に身を置く人々が、長年にわたり「患者さんに寄り添うこと」を絶対的な大前提として教育され、それを誇りとして実務を積み重ねてきたからです。徹底した接遇対応、マナー教育、さらには自身の感情をコントロールするアンガーマネジメントなど、あらゆる努力はすべて「患者さんの不安に寄り添い、受け入れるため」に捧げられてきました。

このように深く根付いた「寄り添いの意識」があるからこそ、いざ理不尽な暴言や過剰な要求を突きつけられたとき、「厳しく拒絶することは、医療者としての優しさを捨てることではないか」「冷たく突き放すようで良心が咎める」と、現場の心が硬直してしまうのです。この長年培われたマインドを切り替える意識改革は、一朝一夕にできることではありません。

しかし、私の長年の経験から申し上げれば、この「毅然とした対応」と「患者さんに寄り添うこと」は、決して矛盾するものではありません。むしろ、真の厳しさの先にこそ、最も深いレベルでの人間関係の再構築、すなわち「寄り添い」が存在するのです。

今回は、私が警察組織において数多くの修羅場をくぐり抜ける中で培ってきた、毅然とした指導の後に相手の心を捉える「巻き戻し」という技術についてお話しします。これを知ることで、現場の意識改革は劇的に進み、ペイシェントハラスメント対策は「冷たい拒絶」から「究極の人間理解」へと進化します。

────────────────────────── 👉 あわせて読みたい参考記事 【カスハラ対策】「毅然とした対応」は理想論ではない!元警察署長が教える“自信”の心理戦と「二つの寄り添い」 https://shibaken-poli.com/wp-admin/post.php?post=419&action=edit ──────────────────────────

1.社会一般にみる「厳しい境界線」がもたらす安心感

そもそも、人と人が健全な関係を結ぶために、なぜ「厳しさ」が必要なのでしょうか。社会一般の人間関係を振り返ってみると、その本質が見えてきます。

私たちは、誰に対してもただ一様に優しいだけの人よりも、「ダメなことはダメだ」と厳しく明確に言ってくれる人に対して、無意識のうちに一定の敬意を抱くものです。それはなぜかというと、厳しい姿勢を示すことによって、「この人はここまでしか許さない」「これ以上、あの人の心の線に踏み込んでいってはいけない」という客観的な基準、すなわち「社会通念上の境界線」が相手の目に見える形で確立されるからです。

境界線がはっきりと示されると、相手は自然と、礼儀や道徳といった常識的な判断に基づいて自分の振る舞いをコントロールするようになります。つまり、厳しさとは相手を傷つけるための刃ではなく、お互いの立ち位置を明確にし、常識的な関係を構築するための防衛線なのです。

医療現場においても全く同じことが言えます。境界線があいまいなまま、どこまでも患者側の理不尽を受け入れようとすれば、相手の特権意識や過剰な要求をエスカレートさせるばかりか、現場の秩序そのものが崩壊します。

相手のために、そして何より自分たちの城を守るために、最初に「ここから先は一歩も通さない」という厳しい壁を見せること。これこそが、すべての人間関係において、理不尽を抑止・抑制するための大前提となります。

2.閉ざされた空間での徹底的な追及と、客観的視点の芽生え

私はこれまでの警察官人生において、数え切れないほどの被疑者や事案関係者を取り調べてきました。密室とも言える閉ざされた取調室の中で、長時間にわたり相手の言葉に耳を傾け、時に激しくぶつかり合う。そこはまさに「人間の心の闇と本質」が剥き出しになる空間でした。

その取り調べの場で、被疑者が自己保身から矛盾した言動を繰り返したり、被害者の痛みを無視した全く反省のない態度を示したりしたとき、私はプロの捜査員として、その過ちを客観的な事実に基づいて極めて厳しく追及しました。

徹底的な指摘を受け、逃げ場を失った本人は、やがて自分が置かれている過酷な現状や、周囲の客観的な事情を直視せざるを得なくなります。それまで自分本位の歪んだフィルターでしか世界を見ていなかった人間が、厳しい追及の果てに、ようやく「自分のやったことは社会一般のルールとして決して許されないことなのだ」という客観的な立場に立たされるのです。

客観的な視点が芽生えると、人間の心理には大きな変化が訪れます。「自分の言動のせいで、相手がどれほど怖がっていたか」「どれほど不当に怒り、周囲を不安に陥れていたか」を、初めて自分の頭で理解できるようになります。

この段階に至って初めて、本人の口から心からの反省の弁が述べられたり、「確かに、言われてみれば自分の行動は常軌を逸していた。その通りだ」という深い納得の境地へと至ったりするのです。

もちろん、医療現場におけるペイシェントハラスメント対応は、警察の取り調べのように長時間かけて密室で行うものではありません。しかし、この「厳しい指摘によって、相手を自分本位の妄想から引き剥がし、客観的な現実に立ち戻らせる」というプロセスそのものは、病棟や受付で暴れる悪質なクレーマーに対しても、全く共通して適用できる心理的アプローチなのです。

3.元警察署長が明かす技術:全否定をしない「巻き戻し」の真髄

厳しい追及を行い、相手が自身の言動を客観的に判断できる言動を見せ、内省の兆しを見せたとき、ここからが「事案分析と解決の設計士」としての私の腕の見せ所であり、警察で「巻き戻し」と呼ばれていた技術の本番です。

相手の過ちを厳しく指弾したからといって、その人間の存在や人格、人生のすべてを全否定して切り捨ててしまっては、人間関係は断絶したままで終わります。

私は相手が反省や客観的理解を示した瞬間から、パッと対応のベクトルを切り替えます。厳しく追及する鬼の姿勢から、今度は相手の「善なる部分」に深く寄り添う、人対人の関わり合いへと舵を切るのです。

人間が理不尽な怒りやハラスメントに及ぶ背景には、最初から計画的に誰かを傷つけようとした悪意だけでなく、その人なりの行き場のない事情や、医療に対する不安、あるいは「これだけ苦しいのだから、怒るのも無理はない」と同情すべき要素が隠れていることが多々あります。

私は、相手を責め立てたりつけ込んだりするような人間性そのものを否定するのではなく、その「不当な行為」に対してのみ毅然と批判し、厳しく指摘を行います。その上で、「あなたが焦って怒ってしまった、その元々の気持ちや苦しみはよく分かりますよ」と、相手の心情に組みする理解を示します。

過ちは過ちとして厳しく指摘するが、あなたの人間性や背景にある苦しみまでは否定しない。この「巻き戻し」のステップを踏むことで、閉ざされていた取調室の空気は一変します。

実際、厳しく非難し追及したはずの被疑者が、取り調べの最後には涙を流して私に感謝を述べ、その後、一人の社会人として友人関係以上に濃い人間関係を結ぶに至った人物が何人もいます。彼らは今でも私を深く頼ってきてくれます。

治安を維持してきた人間として、自分が向き合った人間が過ちを改め、社会のために役立とうとする存在に変わっていくこと、そうして心を通わせ、深く頼ってくれる人間が一人でも多くなることは、この上なくありがたいことでした。これは、厳しさの後に正しい寄り添いを行うことで、相手の信頼を完全に勝ち取ることができるという、人間心理と行動原理の確固たる実証なのです。

4.ペイハラ対策の大前提:納得させるのではなく「諦めさせる」

ただし、実際の医療現場におけるペイシェントハラスメント対策の実務において、すべてのハラスメント加害者とこのような「心と心の深い触れ合い」を目指すべきかと言えば、それは現実的ではありません。現場のスタッフには時間的にも精神的にも、そこまでの余裕がないことが普通だからです。

危機管理の冷徹な大前提として、悪質なペイハラ患者を対応する際のゴールは、相手を心から「納得させること」ではなく、まずは「諦めさせること」に置くべきです。

病院側のルールや社会通念上の正当性を、一切のブレなく提示する。 「これ以上ごねても、要求が通ることは絶対にない」という強固な防衛ラインを組織として示す。

受付や病棟で暴れる一部のクレーマーに対しては、まずこの「諦めさせる対応」を徹底し、毅然とした態度でそれ以上の介入をシャットアウトすることが最優先のインフラとなります。何を言っても通用しないという現実を前にして、相手が要求を諦める。これだけで、現場の安全は最低限確保されます。

しかし、もし皆さまの現場において、対応するスタッフや組織の体制に少しでも「心理的な余裕」があるならば、ただ諦めさせて関係を終わらせる一歩先、すなわち「人間の本質」に根差した最終段階の寄り添いへと駒を進める価値は十分にあります。

なぜなら、人間という生き物は、どれほど理不尽に暴れている最中であっても、心のどこかで自らの醜態に対する不安や、誰かに自分を正しく理解してほしいという欲求を抱えているものだからです。

5.敵を最大の協力者・理解者へ変える「最後の寄り添い」と意識改革

諦めさせるだけの厳しい対応の後に、もし余裕があれば、相手の「悪いところ」を指摘しつつも、「お父さんのこういう部分は素晴らしいですよね」「ご家族を心配するそのお気持ちは、本当に痛いほど分かります」と、良いところや背景にある感情を拾い上げ、最後に寄り添い、巻き戻す。

この「厳しさ」と「寄り添い」のプロセスを段階的に踏むことができるようになると、医療現場には驚くべき変化が起こります。

それまで病院を敵視し、職員を激しく攻撃していたクレーマー患者やその家族が、一転して病院のルールを誰よりも遵守し、現場を深く支えてくれる「最大の協力者」や「理解者」へと生まれ変わるケースが非常に多いのです。厳しく接すればただ関係が悪化するわけではなく、正しいプロセスを経ることで、敵が味方になるという局面は確実に存在します。

現場の皆さまに最も知っておいていただきたいのは、ペイシェントハラスメント対策としての「毅然とした対応」とは、スタッフの皆さまが持っている優しさや接遇の精神を捨てることでは決してない、という事実です。

むしろ、相手を正しい社会のルールに引き戻し、より深い信頼関係を再構築するためにこそ、最初の「厳しい境界線」が必要不可欠となります。これを知ることで、現場の意識改革に対する心理的ハードルは消え去り、スタッフの皆さまは誇りを持って毅然とした態度を取ることに努めることができるようになります。

抑えるべき厳しさを知っているからこそ、本当の優しさが活きる。この「車の両輪」のガバナンス体制を、ぜひ貴院でも整備していきましょう。

■ おわりに:組織のリスクを管理し、誇りある医療を守るために

厳しい対応の重要性と、その先にある「巻き戻し(寄り添い)」のメカニズムを理解することは、医療現場の安全安心を確保するための最高に実戦的な防衛システムです。

しかし、日々の多忙な臨床の中で、どこまでを厳しい対応の基準(物差し)とし、どのタイミングで最後のフォローを入れるべきか、その具体的な戦術の仕組みづくりを現場だけで構築するのは容易ではありません。

そのための具体的な防犯戦術や医療ガバナンス(組織統治)の仕組みづくり、精度を高めるための明確な境界線の構築は、私、シバケンにお任せください。戸畑警察署長などを歴任した刑事37年の実戦経験と、財務省や国税庁への出向で培った危機管理の知見、および福岡市医師会安全対策サポートアドバイザーとしての実績をもって、現場の接遇精神を活かしたまま、病院経営の実態に即した実戦的なハラスメント対策システムを設計し、皆さまの「正義」とスタッフの心の健康を全力で守り抜く後ろ盾となります。

組織のリスク管理や安全安心の確保に不安を感じておられるなら、どうぞ一人で抱え込まず、お気軽に私、柴田建一までご相談ください。

皆さまが誇りを持って、安心して最前線に立ち続けられるよう、私はいつでも皆さまの確かな後ろ盾として、その正義を全力で守り抜くことをお約束いたします。

本日も最後までブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。 今日もお疲れ様です。明日もまた、胸を張って素晴らしい仕事に向かってください。

福岡の、全国の医療現場の安全と発展に、心からの敬意を込めて。

Cheers,

【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】

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