2026年5月28日付の京都新聞(電子版)に掲載された社説「精神科の虐待 人権侵害の放置、許されぬ」は、昨今の精神科医療における人権問題を象徴する強い論調を展開し、社会的な注目を集めています。
同社説が引用する厚生労働省の公表データによると、2024年度に全国の精神科病院や看護師、医師などの職員による患者への虐待と認定されたケースは260件にのぼりました。これは同年4月に虐待を発見した人の自治体への通報が義務化されたことを受け、過去5年間の推移と比較して虐待の疑いによる通報・相談事案が約3倍に急増した結果であり、被害が大幅に顕在化したと言えます。
同社説では、具体的な虐待事例を「卑劣な犯行が社会に強い衝撃を与えた」と激しく指弾し、医療行為として認められているはずの身体拘束や隔離が、いつの間にか「言うことを聞かない患者への制裁」に用いられている現状が久しく指摘されている、と論じています。患者への上から目線の対応が常態化し、病院長自らが虐待を隠蔽していたという証言があることも挙げ、患者の人権と尊厳を守る教育の徹底は言うに及ばず、外部の目を導入して閉鎖性を打破することが重要である、と結ばれています。医療機関はこれまでの考え方や対応を深く反省し、即座に改めなさいという、非常に強いトーンの論調です。
当然のことながら、医療や介護の現場において、患者への虐待や不当な人権侵害は絶対に生じてはならないことです。人間の尊厳と権利は一歩も譲らず守られなければなりません。この大前提については、同社説の指摘に深く共感いたしますし、社会全体で取り組むべき最優先事項であることに異論はありません。
しかし同時に、私はかつて地域社会の安全と平穏を守る最前線に身を置いていた実務家として、現在のマスコミ報道の姿勢に対しては、とても大きな危機感と深い疑問を抱いてしまいます。
なぜなら、今回の京都新聞の社説に代表される報道や、それに応じる行政の動きを見ていると、精神疾患者をめぐる問題が「医療機関の中における患者側だけの一方向の人権擁護」という、極めて都合の良い部分的な正義のみで語られているように思えるからです。
この論調の何が深刻かというと、二つの大切な視点がすっぽりと抜け落ちている点にあります。
- 第一の視点: 同じ医療機関の内部でありながら、患者の暴挙と隣り合わせで命がけで働く「現場の職員たちの安全安心や労働者としての人権」が完全に度外視されている点。
- 第二の視点: 病院の外部に広がる「社会全般の平穏や、突発的な被害に遭遇する他者の人権」に対する配慮が一切欠落している点です。
この、内に対しても外に対しても完全に目を閉ざした一方向の偏向が、社会全体の意識を歪め、医療の現場に深刻な「萎縮効果」という最大の弊害をもたらしています。私たちはこの実態を、もっと冷静に、そして厳しく見つめ直さなければなりません。
本稿では、人権擁護の大切さを当然の前提としつつも、京都新聞社説が報じない「精神科医療と地域の安全」という公共の利益、さらには「個別の他者の人権」や「最前線で働く職員の安全」といった多角的な視点を含め、このセンシティブな問題の核心について総合的に考察していきます。
マスコミが隠蔽する「事件化」の現実と、二重基準が生む社会の歪み
マスコミ報道の多くは、精神疾患の患者を一様に「高齢の認知症患者」や「意思疎通が難しく、周囲が全面的に守ってあげなければならない弱者」という、社会的に受け入れられやすい、わかりやすいイメージの中に位置づけがちです。確かに、手厚い保護と適切なケアを必要とする対象が大部分を占めることは厳然たる事実ですし、彼らの尊厳を守るための仕組みは不可欠です。
しかし、この「弱者救済」という一面的な文脈だけで問題をコーティングし、現場の多層的な現実を覆い隠してしまう報道の姿勢こそが、社会全般の安全網を脅かす深刻な歪みを生み出す元凶となっています。
現実の社会、特に地域の治安維持を担う最前線では、精神疾患やその疑いがある人間による粗暴事案、あるいは他者を傷つけたり、地域住民を強い不安に陥れたりする事案が後を絶ちません。これらは単なる日常のトラブルや「ケアの範疇」に収まるレベルのものではなく、現実に警察が介入し、厳格に事件化する手続きを進めるケースも数多く存在しています。
しかしそこには、教科書通りの正論が一切通用しない、極めて深刻な運用の限界が横たわっています。現実に数多くの事案を厳格に事件化し、身柄を拘束したとしても、精神疾患に伴う法的責任能力の壁などによって、結局は刑事手続きを継続できずに刑事未処分で「釈放」せざるを得ない局面が幾度となくありました。
警察として手を尽くした後に、次のセーフティネットとして精神保健福祉法に基づく枠組み等を通じて医療機関へ治療や保護を依頼するのですが、ここでも非常に不条理な壁に直面することになります。
病院側としても行政が介入してくる手前、「当院の設備やマンパワーでは暴力的リスクに対応できない」などと、その暴力性を正面から理由として受け入れを断ることはまずありません。その代わりに、「現在は自傷他害の恐れがない」「今は落ち着いているので入院の必要性がない」といった、制度上の要件を盾にした建前の理由を並べて受け入れを拒絶してくるのです。
実態としてはリスク回避やマンパワー不足であることは明白であるにもかかわらず、こうした形式的な理由で断られ、どこにも行き場のない危険を抱えた対象者を、やむを得ず何ら根本的な解決がなされないまま再び地域社会へと戻さざるを得ない。
そのたびに、治安の現場としては「地域住民にこれ以上の不安を与えたくない、他者の人権を守りたい」と願いながらも何もできない、筆舌に尽くしがたい無力感と悔しさ、すなわち「忸怩たる思い」を何度も重ねてまいりました。
そこにあるのは、言葉による説得や、丁寧な対話、あるいはどれほど厳格な指導や実力阻止を重ねても、病状の悪化ゆえに内容を理解してもらうことが極めて困難であるという冷徹な現実です。
そればかりか、対応しようとする人間に対して突発的な破壊衝動や強大な暴力が振るわれる危険性と常に隣り合わせであり、全く原因関係のない第三者が路上で突如として暴挙の被害に遭い、個別の他者の人権や生命、平穏な暮らしが一瞬にして無残に損なわれる事例や、近隣住民が不穏な言動を行う彼らに不安な日常を余儀なくされながら生活をしているという現実が多く見受けられます。
確かに、社会的に耳目を集めるような一部の凶悪な殺人事件などに発展してしまった場合には、マスコミも行為者の病的な背景をやんわりと報道することがあります。そのため、読者の中には「報道されているケースもあるではないか」と感じる方がいるかもしれません。
しかし、現実に警察が最も多く対応している「通常の粗暴事案」――殴られても怪我の程度がそれほど大きくない、あるいは周囲に深刻な不安を与えているものの重大事件には至っていない段階の日常的な事案――においては、マスコミがその背景や精神疾患の疑いという事実に触れることはまずありません。
要するに、マスコミは「精神疾患者の人権や名誉を守る」という特定の正義感に終始するあまり、日常のレベルで地域社会の安全や無辜の市民の人権が脅かされているという不都合な事実を、あえて「報じない」というフィルターにかけることで組織的に隠蔽しているのです。
病院側の隠蔽体質を「卑劣」と激しく糾弾するマスコミが、自らの都合の悪い治安上のリスクや、日常的な粗暴事案における建前によるたらい回しの現実については完全に黙殺し、事実を隠蔽しているというこの姿勢は、明らかな二重基準(ダブルスタンダード)と言わざるを得ません。
この意図的な報道の偏りによって、社会には「守るべき弱者」という美化された一面的なイメージだけが流通し、現場が命がけで対峙している「凶暴性や治安上のリスク」というもう一つの本質が完全に社会の盲点となっています。この不条理に対し、多くの人々が潜在的に「何かがおかしい」「治安の根幹が揺らいでいる」と強い危機感を感じているのは当然のことなのです。
偏向報道がもたらす「萎縮効果」と社会全体の意識改革の重要性
このような一方向のみを強調するマスコミの報じ方は、社会全体に対して深刻な悪影響を及ぼしています。それは、精神科医療の現場や地域の安全を守る人々を心理的に追い詰め、身動きをとれなくさせる「萎縮効果」です。
マスコミの報道を通じて、世間には「精神科病院では虐待が横行している」「精神疾患者はどんな状況であれ、全員を全方位から守ってあげなければいけない弱い立場の人である」という極端な認識が植え付けられてしまいます。その結果、行政や世論の目が厳しくなり、医療現場では「患者に対して、少しでも強い姿勢で臨んだり厳しく指導したりすれば、それだけで虐待と騒がれてバッシングされてしまうのではないか」という過度な恐怖心が生まれてしまうのです。
この恐怖が生み出す萎縮効果は、現場からプロフェッショナルとしての適切な判断力を奪います。どれほど熱意を持った職員であっても、理不尽に責められるリスクを負うくらいなら、形式的に波風を立てず、無理をしない範囲で対応をセーブする(放置する)という防衛的な選択を選ばざるを得なくなります。
そして、その現場の疲弊と防衛策の究極の形が、先ほど述べた「うちの病院では受け入れられません」という医療忌避(受け入れ拒否)の決断に他なりません。マスコミの一方向的な叩きが、皮肉にも患者を救うべき医療の現場を崩壊させ、患者自身を路頭に迷わせるという最悪の悪循環を招いているのです。
地域の安全を守り、同時に本当の意味で人権を守るために今一番必要なこと、それはいわゆる「綺麗事」の押し付けではなく、現実をしっかりと見据えた上での社会全体の意識改革です。
すべての土台となるのは、現実のバランス感覚や全体を見る目を持つという意識の重要性です。物事の一方だけを極端に見て現場を責め立てるのではなく、現場で何が起きているのかという実態に社会全体が目を向け、意識を変えていかなければなりません。この意識の改革こそが、これからの時代に現場を守る大元になります。
折しも2026年10月には、改正された「労働施策総合推進法」が施行され、職場環境における安全安心の確保や労働者の保護(患者側からの理不尽な暴言・暴力であるペイシェントハラスメントへの対策義務化)という法益が、国を挙げて強く求められる時代になります。
医療・介護の最前線で働く人々を理不尽な暴力や患者側の粗暴行為というリスクから守り、現場が「毅然とした対応」を取るためには、社会全体の意識が「現場の安全も等しく守るべき人権である」という方向へ変わっていくことが不可欠なのです。患者の人権を叫ぶ側も、この「働く者の安全を守る法律の重み」に対しても同様の熱量を持って目を向けるべきです。
現場が理不尽なハラスメントに萎縮せず、医療的配慮と組織防衛を両立させるためには、具体的な「設計図」を持っておくことが不可欠です。
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現場の苦労への理解と、総合的な安全網の再構築
「うちの病院では受け入れられない」という医療機関側の苦渋の選択は、巡り巡って、地域社会全体の安全網を破綻させる巨大な歪みとなって私たち一般市民に跳ね返ってきます。
私自身、警察の現場において、地域で不穏な動きを見せ、他者に危害を加えかねない患者の受け入れを医療機関に依頼し、その処遇をめぐって何度もシビアな協議を重ねる過程で、この建前に遮られた「受け入れ拒否」の壁に非常に多く直面してきました。
現場の医療従事者に対して、一方的な正義感や奉仕の精神、あるいは「人権」という言葉だけを押し付け、その裏にある過酷な暴力のリスクをすべて現場の自己責任として押し付け続ければ、精神科医療業界における職場の安全安心は根底から崩壊してしまいます。これこそが、受け入れの拒絶を生み出している最大の要因なのです。
患者の人権を守るためにも、それを支える現場の職員が安心して働ける環境が担保されていなければ、持続可能な医療など到底成り立ちません。
したがって、身体拘束などの制限措置を評価する際にも、硬硬直化した基準だけで一方的に断罪するのではなく、全体の地域の安全や、周囲にいる他者の人権、さらに現場のマンパワーの限界や職場の安全確保といった背景をも踏まえた、ある程度幅の広い総合的な判断基準を持つ必要があります。
物事の一面だけを都合よく切り取って批判するマスコミの姿勢を厳しく排し、報道されない日常的な事件や建前によるたらい回しの冷徹な現実に目を見開くこと。そして、最前線で闘う現場の苦労やジレンマを社会全体で分かち合う視点を持つこと。
それがあって初めて、患者への真の人権擁護と、働く職員の尊厳、さらには適切な対応への意識が共有され、地域社会の平穏と安心感が真の意味で両立するのではないでしょうか。
結びにかえて
社会の安全や医療の質を保つためには、正論を突きつけるだけでなく、現場が抱える複雑な背景を多角的に見つめる総合的な視点と、それを支える社会全体の意識のあり方が欠かせません。物事の一方だけを極端に厳しくすれば、必ず別の場所に歪みが生じるのが現実の社会です。現場の苦悩に寄り添い、現実的な解決策をみんなで考えていくことこそが、今最も必要とされています。
私はかつて地方の警察組織にて署長職を務め、財務省や国税庁への出向経験を含め、長年にわたり公の安全と治安維持の実務に携わってまいりました。現役時代には、精神疾患が絡む粗暴事案への対応や地域住民の安全確保、医療機関との受け入れ協議など、現場のシビアなジレンマを数多く経験しております。
現在はその経験を活かし、医師会の安全対策サポートアドバイザーや看護専門学校の講師として、医療・介護現場の安全管理や危機管理の支援を行っております。最前線で奮闘する職員の方々が過度なリスクに晒されず、職場環境の安全安心の中でその使命を全うできるよう、微力ながら貢献していきたいと考えております。
精神科医療や地域安全の連携、あるいは組織の危機管理や防衛策について、具体的な対応や現場の環境づくりでお悩みのことがございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。
【ご相談・お問い合わせ】 安全対策・危機管理アドバイザー シバケン(柴田建一) ※実務に即した組織防衛や安全対策に関するご相談を承っております。ご相談はシバケンまでお願いいたします。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
