【院長必読】ペイシェントハラスメントから医療従事者を守る組織防衛デザイン:日本医師会「医療安全対策検討委員会」の提言に基づく危機察知力と対策の仕組み化

目次

はじめに:なぜ、現場の問題がトップに届かないのか

医療現場におけるペイシェントハラスメント(以下、ペイハラ)や患者・家族からの悪質クレーム、暴言・暴力は、今や個人の対応能力を超えた重大な組織リスクです。私は現在、福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーとして、月に十数件におよぶ具体的な相談を受け、毎月数回の講話活動を行っています。その中で多くの医療機関の現状に触れていますが、非常に強い危機感を抱く「二極化」を目の当たりにすることがあります。

それは、現場の受付や看護師、医師の補助業務の段階で多様なトラブルやハラスメント行為が頻発しているにもかかわらず、院長や事務トップなどの経営幹部層が「うちの病院は何も問題ありませんよ」「ハラスメントなんて起きていません」と平然と口にされるケースです。これは私自身がアドバイザーとしての活動を通じて実際に何度も経験し、組織の断絶として深く感じてきた事実です。

しかしその一方で、日常的なヒアリングにおいて、他の勤務医や看護師、受付スタッフなど、どの立場の人から話を聞いても「本当に何も深刻な問題が起こっていない」という病院も確かに存在します。

このような病院を詳しく分析すると、そこには明確な共通点があります。それは、病院の核となる院長自身が、ただ単に「ペイハラ対策」という言葉を知識として知っているからではなく、組織を最も平穏に運営するため,そして病院として決して譲ってはいけない一線を守るために、卓越した「危機察知力」を発揮しているという事実です。

1. 日本医師会も指摘する医療業界の課題:「危機察知力」の重要性

医療業界において、この「危機察知力」がいかに重要であるか、そしてその欠如がどれほど深刻な事態を招くかは、過去の悲痛な事件からも明らかです。

2022年、全国で医師や医療従事者に対する凶悪な事件が相次いで起こったことを踏まえ、日本医師会は医療安全対策検討委員会を開催し、医療現場の安全確保に向けた具体的な提言をまとめました。その報告書等の中で、医療業界における大きな問題点として浮き彫りになったのが、医療従事者側の「危機察知力の欠如」や、トラブルの予兆を見逃してしまう組織の脆弱性でした。

医療従事者は「目の前の患者を救う」「患者に寄り添う」という強い使命感を持っているがゆえに、相手の言動が明らかに常軌を逸していても、「不満があるのだろう」「病気でイライラしているのだろう」と、ハラスメント行為を過小評価して受け流してしまう傾向があります。しかし、この初期の違和感を見過ごすことこそが、事態を凶悪化・深刻化させる最大の要因であると指摘されたのです。

現場で何も問題が起こっていない病院の院長は、まさにこの日本医師会でも議論された「危機察知力」を、自身の豊富な臨床経験、知識、そして豊かな人間性によって高いレベルで備えています。「この患者の要求はエスカレートしつつある」「この言動は看過できない」という兆候を早い段階で察知し、事態が深刻化する前に、一言、毅然とした内容で注意や是正を求めています。トップが初動で明確な一線を引くため、トラブルがそれ以上大きくならないのです。

2. 盤石な医療機関に共通する「風通しの良さ」と情報共有

院長がどれほど優れた危機察知力を持っていても、受付や診察室の奥で起きているすべての出来事を一人で網羅することは不可能です。クリニックや中小規模の病院レベルであれば、本来はすべての業務にアンテナを立ててさえいれば状況を把握できる環境にあるはずですが、それを機能させるためには前提となる組織の「空気」が不可欠です。

本当に問題が起きていない病院は、一言で言えば非常に風通しが良い組織です。情報共有のための前提となる日常的なコミュニケーションが、役職を超えてしっかりと取られています。

特に象徴的なのは、現場からの「嫌な報告」「面白くない報告」「良くない報告」に対し、院長が一切の感情的な否定をせず、しっかりと耳を傾ける姿勢を徹底している点です。多くの組織では、「良くない報告をするとトップの機嫌が悪くなる」「自分の対応が悪いと叱責される」という恐怖心から、現場がトラブルを隠蔽・抱え込みがちになります。

しかし、優れたリーダーがいる病院では、現場での不穏な空気や患者からの理不尽な要求が、即座に院長まで共有されます。嫌な報告こそ最優先で吸い上げるコミュニケーションの土台があるからこそ、院長の危機察知力が組織全体のセンサーとして機能するのです。

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3. 「是々非々」の精神と、現場が迷わないメリハリのある対応

医療や介護、あるいはあらゆる事業において、ミスや至らない点が完全にゼロということはあり得ません。多くは接遇の不備や説明不足、順番違いによる待ち時間の長さといった「小さなミス」ですが、これが発端となって患者側の不満が爆発することがあります。

ここで重要になるのが、「是々非々(ぜぜひひ)」の精神に基づくメリハリのある対応です。

盤石な体制を持つ病院は、自組織のミス(非)については変な理屈で言い訳をしたり、うやむやに終わらせようとしたりすることは決してありません。非についてはきちんとした誠実な対応を行い、謝罪や是正を迅速に行います。

しかし、そのことと、職場環境の安全安心を脅かすようなハラスメント行為を容認することは、全くの別問題です。非を認めて誠実に対応しているにもかかわらず、患者側が執拗に大声を出し続けたり、スタッフを脅迫したり、理不尽な要求を突きつけてくるのであれば、話は完全に切り離さなければなりません。病院に非があったからと言って患者が何をしてもいいというのは間違いです。

裏を返せば、これは「患者に寄り添うところはしっかり寄り添うが、毅然とすべきところは徹底して毅然とする」という姿勢の表れです。

院長がこの方針の確立と、組織全体で行うという姿勢を明確に示している病院では、現場のスタッフも迷うことがありません。トップの背中を見ているからこそ、院長が直接出ていく前段階であっても、現場がそれぞれ的確な判断を下し、毅然としたメリハリのある対応を体現できるのです。

4. 労働政策総合推進法の施行に伴う「仕組み化」の絶対的必要性

院長が自身の経験や知識、人間性によってこれらを自然のうちに実行できている病院は非常に素晴らしい状態にあります。しかし、これからの時代、それを「院長個人の資質(属人性)」だけに頼り続けることには大きな法制上のリスクが伴います。

本年10月には労働政策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、事業主には職場における各種ハラスメントを防止するための適切な措置を講じることが、法律および厚生労働省のガイドラインによって明確に義務付けられました。これは大企業だけでなく、すべての医療法人、クリニック、介護事業者、訪問看護ステーション等にも一律に適用されています。

もし、院長が「頭の中」だけで方針を決め、自然体で上手く対応していたとしても、それが明文化されていなければ、法律が求める「事業主としての措置義務」を果たしているとはみなされません。万が一、職員がハラスメントによってメンタル不調に陥ったり、離職を余儀なくされたりした場合、組織としての安全配慮義務違反を問われるリスクが生じます。

今、自然体で対応できている病院や院長がやらなければいけない最優先事項は、その優れた対応や姿勢を「言語化」し、誰もが見える形で「仕組み」を作ることです。院長が感覚的に行っているペイハラ対策そのものを、組織の永続的なシステムへと昇華させなければなりません。

  • ハラスメントに対する基本方針の明文化:病院として何をハラスメントと定義し、どのような姿勢で臨むかを職員および患者向けに言語化して宣言する。
  • 報告・相談ルートの構造化:現場が「嫌な報告」をどのタイミングで、誰に上げるべきかのフローを明確にする。
  • 組織的対応マニュアルの整備:初動対応、事務長対応、院長対応、そして弁護士や警察といった外部機関と連携する基準を段階的に仕組み化する。

これまで自然にできていたからこそ、それを言語化し、仕組みに落とし込むことで、組織の体制は「盤石」から「万全」なものへと繋がっていきます。院長が万が一不在の時であっても、新しく入職したスタッフであっても、全く同じように毅然とした組織防衛ができる環境を整えることこそが、法律が事業主に求めている本質なのです。

5. 結び:規律と人間味が共存する職場を目指して

ペイハラ対策を言語化し、仕組み化していくプロセスを進めると、最終的にある一つの真実に帰着します。

それは、規律が規律として厳格に機能している病院ほど、裏を返せば「風通しも非常に良く、人間味のあるコミュニケーションが取れた温かい職場である」という点です。

スタッフ同士が日頃から何でも話し合える人間関係があり、トップが現場の小さなミスもトラブルもすべて包み込んで受け止める包容力がある。だからこそ、理不尽な外部の暴力に対しては、組織が一丸となって毅然と立ち向かうことができるのです。ハラスメント対策という法律的な防壁を作ることは、決して冷徹な組織を作ることではなく、職員の「心」と「安全」を守り、より人間味豊かな医療を提供するための土台作りにほかなりません。

私自身、刑事部門を中心に数多くの事件を手掛け、警察署長として退職するまでの37年間のリスクマネジメントの経験や国税庁、財務省出向による法規範によるガバナンスの適正化など、そして退職後における福岡市医師会安全対策支援アドバイザーや医師会看護学校講師としての実務経験を通じて、数多くのクリニックや事業者の皆様の相談を受け、講話を行ってまいりました。現場の数だけの悩みがあり、解決策があります。

「これまでの対応をきちんとマニュアルとして言語化したい」 「現場からの良くない報告がスムーズに上がってくる仕組みを作りたい」 「一度、現在のハラスメント対策に万全な体制が整っているか専門的な視点で見直したい」

どのような些細なことでも構いません。職場環境の安全安心に関わる問題でお悩みの際は、どうぞ遠慮なくいつでもご相談ください。貴院が規律と人間味の共存する盤石な組織となりますよう、全力でサポートいたします。

【ご相談・お問い合わせ】 福岡市医師会安全対策支援アドバイザー 柴田 建一 (シバケン)

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

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