はじめに:なぜ、あなたの病院の「ハラスメント対策」は場当たり的なのか
医療機関において、患者やその家族からの暴言・暴力、SNSへの誹謗中傷といった「ペイシェントハラスメント(以下、ペイハラ)」への対応は、今や避けて通れない最重要課題です。
「ペイハラが発生するたびに、担当者や事務長が走り回り、右往死往しながらなんとか個別の対応で解決している……」
もし、あなたの病院がこのような「場当たり的な対応」を繰り返しているとしたら、なぜ根本的な解決に至らないのでしょうか。
ペイハラが断続的に続く原因には、様々な要素が考えられます。例えば、トップに立つ院長の考え方が「安全対策は現場が自発的に行うもの」という認識になっていたり、「とにかく患者に寄り充うことが第一」とするあまり、肝心の「職場環境の安全・安心」に対する関心や視点が行き届いていないといった、経営陣の意識に起因するケースも少なくありません。
しかし、そうした多面的な原因がある中で、意外な盲点となりやすい「もう一つの重要な原因」が存在します。それが、部内の有力職員――例えば、「この人がいなくなったら現場が回らない」と言われるような、実力を持つ看護師などによるパワーハラスメント(パワハラ)や陰湿な職場支配です。
実は、今回ご紹介する内容は、私が実際に相談を受けて解決へと対応してきた、ある病院でのリアルな事例そのものです。現場に入り込み、深く話を聞くなかで直面した病院の苦悩と、そこから見えてきたハラスメントの本質をベースにしています。
本記事では、複数ある背景の中から、この「内部パワハラ」が外部からの「ペイハラ」を悪化させてしまう因果関係にスポットを当て、個別注意が通用しない強力なボス職員に対して、組織としてどのように「外堀から埋めて」正常化していくべきか、具体的なリスクマネジメント戦略を解説します。
1. 見えにくい「陰湿なパワハラ」の実態と、それがもたらす組織の麻痺
私が実際に相談を受けた現場でもそうでしたが、ハラスメントを行う有力職員は、決して分かりやすい暴力を振るうわけではありません。一見すると、仕事ができて頼りになる存在に見えるため、経営陣や管理職はついつい現場の運営を彼女たちに丸投げしてしまいがちです。
しかし、その内実を細かく観察すると、一見すると明らかなパワハラとは見えにくい、巧妙で陰湿な行為が日常化しています。
例えば、実際の休日や勤務シフトの決定権を完全に握り、自分の仲間内や派閥の人間には土日休みなどの有利なシフトを配分し、従わない者には不利益な配置を行う「シフトの絶対的な掌握」。
あるいは、後輩や中途採用者がミスをしそうになっているのを認知していながら、その場ではあえて指摘せず放置し、事後になってから「なぜ確認しなかったの?」と他者の前で厳しく叱責する「わざとスルーして後から追い詰める行為」。
さらに、業務上の重要な連絡や共有事項を、特定のターゲットにだけあえて伝えないことで、ミスを犯すように仕向ける「情報の意図的な遮断」などが挙げられます。
経営陣や管理職の方々に、ぜひ強く持っていだたきたい視点があります。それは、「中途で入ってきた人材が長続きせずにすぐ辞めてしまう」という悩みを抱えている場合、その原因を本人の資質に求めるのではなく、「組織の内部にこそ深刻な問題があるのではないか」と疑ってみる視点です。
このような陰湿なパワハラによって職場内での情報共有や、病院全体での組織的な取り組みが完全に機能しなくなれば、どれだけ良い人材を採用しても定着するはずがありません。職員たちはボス職員の顔色を伺うことに汲々とし、余計なトラブルを避けるために「事なかれ主義」が蔓延します。結果として、病院全体で共有すべきリスク情報やヒヤリハットが隠蔽され、組織としての防衛力、つまりペイハラへの抵抗力が著しく低下してしまうのです。
2. 負のスパイラル:内部パワハラが「ペイハラ」を呼び寄せるメカニズム
では、なぜこの「内部のパワハラ」が、外部からの「ペイハラ」を悪化させる温床になり得るのでしょうか。そこには医療現場における「負のスパイラル」が存在します。
第一に、組織の機能不全による「隙」を患者は見逃しません。ペイハラを働くようなクレーマー気質の患者は、驚くほど鋭く職員同士の空気感や職場の綻びを観察しています。情報共有がなされず、職員間がギスギスしている職場では連携ミスが頻発します。患者はそうした組織の隙を見て、「この病院は統制が取れていない」「この職員には無理難題を言っても味方がいない」と判断し、威圧的な態度をエスカレートさせるのです。
第二に、ボス職員の態度が患者に対して「あの能力のない人間には何を言ってもいい」という免罪符を与えてしまいます。ボス職員が特定の職員を人前で厳しく叱責したり冷遇したりしている姿を、患者や家族は見ていないようで実はしっかり見ています。患者の目に「あの職員は身内からも否定されている能力のない人間だ」と映れば、「だったら俺が理不尽な要求を突きつけてもいいだろう」という歪んだ正当性を与えてしまうことになります。
つまり、仕事ができるはずの医師や看護師が、ハラスメントによって職場環境を乱していること自体が、外部からの理不尽な攻撃を呼び込む一因になっているのです。この内なる原因に目を向け、「内部環境の改善がペイハラ対策に直結する」という強い認識を管理職が持つことが、負のスパイラルを断ち切る第一歩となります。
3. なぜ「直接注意」をしてはいけないのか? そのリスクを考える
「問題の看護師が分かっているなら、院長や事務長が直接呼んで注意すればいいではないか」と思われるかもしれません。しかし、これまでの実務経験から断言しますが、強力な権力を持つボス職員に対する直接的な注意・警告は、多くの場合、事態を悪化させます。
直接注意が極めて危険な理由は主に二つあります。
一つは、問題を「一対一の個人的な怨恨」にすり替えられる点です。直接注意を行うと、ボス職員は「誰が院長に告げ口したのか」という犯人探しを始めます。結果として、組織の問題ではなく「私とあの人の人間関係の揉め事」へと矮小化され、誰かが我慢すれば済む話にされてしまいます。
もう一つは、さらに陰湿な「いじめ・報復」への発展です。注意されたことに対する反発から、ハラスメントの行動はより潜行し、より巧妙な嫌がらせへと進化します。経営陣の目が届かないところでターゲットがさらに追い詰められ、貴重な職員がまた退職していくという最悪の結果を招きます。
だからこそ、こうした身内の問題に対するアプローチにおいて重要なのは、直接的な衝突を避ける戦略――すなわち、「自然に気づかせる」、そして「組織として外堀を埋めていく」アプローチなのです。
4. 労働政策総合推進法から見るハラスメント対策の本質
ここで、私たちが立ち返るべき法的な大原則について触れておきます。
そもそも、パワハラやセクハラ等のハラスメント防止対策は、すべて「労働政策総合推進法」という法律に基づいて、「事業主の責任」として義務付けられています。同法によりパワハラ防止対策の整備が義務付けられ、さらに近年の法改正によって、外部からのカスタマーハラスメント(医療機関におけるペイハラ)に対する事業主の対策強化も明確に位置づけられました。
このように、パワハラ対策が整備され、続いてペイハラをはじめとする外的なハラスメント対策が整備されてきた歴史を見れば明白な通り、これらは全く別個の問題ではなく、「地続きの共通課題」なのです。
法が事業主に求めている本質、そして病院が守るべき究極の目的は、内部の敵であれ外部の敵であれ、「職員が安全・安心に働くことができる就業環境を維持すること」そのものです。だからこそ、内部のパワハラ対策を講じることこそが、巡り巡って強固なペイハラ対策へとつながるという高い認識を持つことが不可欠です。
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5. 組織の健全化を図る「外堀埋め」の3大具体的戦略
ボス職員に直接刃を向けることなく、そのハラスメント行為を封じ込め、同時にペイハラにも強い組織を作るための具体的なステップを三つ提案します。
まず一つ目は、「アンケート調査の中に職場環境の問いを巧妙に紛れ込ませる」戦略です。実態を客観的なデータとして可視化するために定期的な院内アンケートを実施します。この際、「パワハラはありませんか?」と聞くのではなく、「就業環境の安全・安心」や「情報共有の円滑さ」を問う項目(例えば、情報の共有度やシフト決定の公平性など)を自然な形で紛れ込ませるのが効果的です。特定の個人を攻撃する形ではなく、組織のシステムとしての課題として実態をあぶり出すことができます。
二つ目は、「トップによる毅然とした方針の全体表明」です。アンケート結果を大義名分として、院長から全職員に向けて病院としての明確な方針を宣言します。ここでは院長自身が「就業環境の安全安心」にコミットする姿勢を示すとともに、「ペイハラ(外部)」と「パワハラ(内部)」をセットにして明言することがポイントになります。職場を害するいかなる行為も内部・外部を問わず絶対に許さないとトップが明言することで、ボス職員への強い牽制となり、周囲の職員には大きな安心感を与えます。
三つ目は、「外部の専門家を介入させた一般的な指導・研修の実施」です。当事者だけで解決しようとせず、外部の専門家を招き、全職員を対象とした危機管理やハラスメント研修を行います。特定の誰かを指導するためではなく、病院全体の能力向上のためという名目で実施し、客観的な法律の基準や他院の事例を交えて講話することで、ボス職員自身に「自分のやり方は世間一般では完全にアウトなのだ」と、プライドを傷つけずに自然と気づかせることができます。
6. 外堀を整えた先に待つ、ペイハラ対策の劇的な前進
「外堀を埋める」環境整備を進めていくと、職場環境には劇的な変化が現れます。
これまで影に隠れて見えなかった陰湿な支配やいじめ行為が、組織のルールや外部の目という光が当たることで、どんどんクローズアップされてきます。言い逃れのできない客観的な状況が整えば、パワハラを主導していた職員などはこれまで通りの不当な仕切りができなくなるか、その行為自体ができなくなります。
内部の私物化や支配が排除されれば、職場環境は大きく改善します。情報共有が正常化して業務連携がスムーズになり、中途採用者や若手が安心して働けるようになるため人手不足が解消へと向かいます。さらに職員同士の結束が強まることで、理不尽な患者に対しても「組織一丸となった毅然たる対応」が可能になり、担当者や事務長がその都度場当たり的に走り回る必要もなくなります。
ペイハラ対策を大きく前進させるための鍵は、外部への対応に終始することではなく、「内部環境に問題の本質があるかもしれない」という視点を持ったうえで、健全な組織風土を取り戻すことにあるのです。
おわりに:リスクマネジメントは「人と組織の調和」から
医療現場のハラスメント問題は、外部からの脅威だけでなく、経営陣の意識や内部の心理的なパワーバランスなど、複雑な要因が絡み合っています。だからこそ、多角的な視点からアプローチする必要があります。
私は、元警察署長としての実務をはじめ、財務省や国税庁への出向など、長年にわたり組織のリスクマネジメントに携わってまいりました。退職後は、福岡市医師会安全対策支援アドバイザーとして多くのハラスメント相談を受け、現場に即した解決への講話活動を行っております。また、医師会専門学校においても講師として個人情報保護の指導等に携わっております。
実際の現場に入り込み、当事者の声を聴いて対応してきた私だからこそ、綺麗事ではない「本当に効果のある解決策」をご提案できます。採用や人間関係、ペイハラ対応に苦慮されている院長先生、事務長様は、どうぞ一人で悩まずに、まずは客観的な第三者へご相談ください。貴院の状況に合わせた具体的な環境設計を共に考えてまいりましょう。
【ハラスメント・医療安全に関するご相談はこちらま】 シバケン(柴田建一) (福岡市医師会安全対策支援アドバイザー)
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
