はじめに:2026年10月1日改正法施行、医療現場のカスハラ対策義務化
医療機関や介護施設の現場において、患者やその家族からの理不尽なクレーム、暴言、過剰な要求といった「ペイシェント・ハラスメント(以下、ペイハラ)」が深刻な問題となっています。現場の医療従事者が心身を疲弊させ、離職に追い込まれるケースも後を絶ちません。
こうした中、いよいよ2026年10月1日に「改正労働施策総合推進法」に伴うカスタマーハラスメント(カスハラ)対策の事業主に対する雇用管理上の措置義務化が施行されます。 本稿は全2回のうちの第2回として、その他事業者および医療機関における具体的な実務対応と、専門家としての私見を詳しく解説します。
本法においては、ハラスメント防止に関する規定の中にその主たる改正がなされており、切っても切り離せない重要な柱が以下の2点です。
- 改正労働施策総合推進法 第33条第1項:事業主がカスハラ・ペイハラに対して必要な雇用管理上の対策(方針の明確化、相談体制の整備、事後対応等)を講じる「法的義務」
- 改正労働施策総合推進法 第33条第2項:ハラスメントの相談を行った労働者を守る「相談者保護の義務(不利益取扱いの禁止)」
これらに伴い、厚生労働省からは2026年(令和8年)2月26日に、具体的な事業主の措置を定めた「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」(👉厚労省の指針全文はこちらhttps://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)が正式に策定・公表されました。
この最新の行政指針を正しく理解し、現場の実務にどのように落とし込んでいくべきか、実務経験を踏まえ徹底的に解説します。
👉 【前回の記事(第1回)はこちらからお読みいただけます】 前回の投稿では、事業主が雇用管理上講ずべき具体的な措置や実務上の留意点について詳しく解説しています。本記事と合わせてお読みいただくことで、より理解が深まります。 タイトル:【改正労働施策総合推進法】2026年2月告示・厚労省カスハラ指針の解説と分析(第1回):医療機関における「ペイハラ対策」5つの措置義務と実務上の留意点 https://shibaken-poli.com/2026/06/17/%e3%80%90%e6%94%b9%e6%ad%a3%e5%8a%b4%e5%83%8d%e6%96%bd%e7%ad%96%e7%b7%8f%e5%90%88%e6%8e%a8%e9%80%b2%e6%b3%95%e3%80%912026%e5%b9%b42%e6%9c%88%e5%91%8a%e7%a4%ba%e3%83%bb%e5%8e%9a%e5%8a%b4%e7%9c%81/
1. 厚労省指針における「顧客等」の定義:患者だけではない!広範な対象者という盲点
医療・介護現場における最大の留意事項は、ハラスメントの加害者が「患者(利用者)本人」だけに限定されないという点です。2026年2月26日に策定された厚労省指針では、個別取引の相手方や顧客だけでなく、最後に「その他当該事業主が行う事業に関係を有するもの」という包括的な対象規定が設けられています。
具体的に医療機関が警戒し、対応を整えなければならない対象は以下の通りです。
① 患者本人、およびその家族・親族
現実のペイハラ事例では、病状や治療方針への不満から、患者本人だけでなく、そのご家族(配偶者、子供、親など)が過剰なクレームを突きつけてくるケースが非常に多く見られます。
② 知人・友人・その他関係者
患者の付き添いや面会で来た知人や友人、あるいは何らかの関係を有する第三者が、医療従事者に対して威圧的な言動を行ったり、業務を妨害したりする場合も、すべてこの指針の対象に含まれます。
③ 施設の近隣住民(医療機関特有の重大な盲点)
指針の例示の中で、医療機関や事業者が特に注意を要するのが「近隣住民」などです。病院やクリニックの特性上、以下のような地域特有の事象に対して社会通念上許容される範囲を超えた執拗な抗議や妨害行為を受けた場合、これも法律におけるハラスメントの対象(ペイハラ)になります。
- 工事に伴う抗議・妨害:病院・施設の改修工事や増改築工事の際、基準値を満たしているにもかかわらず執拗に行われる工事への抗議や妨害行為。
- 救急搬送・サイレン音へのクレーム:救急車が受入要請で急行・搬送されてきた際の「サイレンの音がうるさい」「夜間に救急車を呼ぶな」といった、命を救う医療行為の根幹に対する不当な苦情。
- 患者や職員の行動に対する過剰なクレーム:敷地外での患者の往来や、職員の通勤・休憩時の行動などに対する、嫌がらせ目的の執拗な不満やクレーム。
これら近隣住民からの理不尽な攻撃に対しても、職員が個人で抱え込んで精神的に追い詰められないよう、医療機関として組織的な防衛体制を敷く必要があります。
2. 契約書、各種規約、そして「重要事項説明書」へどう実務を反映させるか
2026年10月の法的義務化に対応するためには、単に「ハラスメントは禁止です」と院内にポスターを貼るだけでは不十分です。実務として最も重要なのは、「診療契約書」「介護サービスの利用契約書」「入院のしおり」、そして契約時に一対一で説明を行う「重要事項説明書(重説)」などの各種書面の中に、ハラスメント対策を具体的に落とし込むことです。
現在の多くの書面を見ると、「患者は迷惑行為してはならない」「利用者は粗暴な言動を禁止する」といった抽象的な表記にとどまっています。これでは不十分であり、必ず以下の対応を加える必要があります。
- 主体(対象者)の明記 禁止事項の適用対象を「患者・利用者」だけでなく、「及びその家族、付き添い、その他その関係者」という形で、主体を明確に記載してください。これにより、家族からの理不尽な要求に対しても、契約上の根拠を持って毅然とした対応(退院勧告や契約解除など)を取りやすくなります。
- 「重要事項説明書」での事前説明の徹底 特に介護サービスや特定の医療・福祉契約においては、重要事項説明書の項目の中に「ハラスメント行為の禁止および違反時の措置」を明確に組み込んでください。契約締結の段階で、患者や利用者、その家族等に対して「このような行為があった場合には、サービスの提供をお断り、または契約を解除することがあります」と、重要事項として口頭で事前に説明し、同意(署名・捺印)を得ておくことが、事後のトラブルにおいて強力な盾となります。
- 具体的な禁止事項の列挙 後述するペイハラの具体例を「禁止行為」として明文化してください。具体的であればあるほど、現場の職員が見て「これに該当する」と即座に判断でき、組織として動きやすくなります。
3. 指針の「抽象性」にどう対抗するか:現場の「生」のトラブルに立ち向かう理論武装
法律や2026年2月発出の厚労省指針では、禁止されるべきハラスメントの基準として、「雇用する労働者が従事する業務の性質その他事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えた言動」と定義されています。
…(中略:文字数調整等がない限り省略せずそのまま使用してください)…
現場での実際の行為がこれらに該当するかどうかを記録に残し、全体としての趣旨に則って組織で共有するための枠組み(指針や規定)を病院としてしっかりと確立させておくことが、実務上不可欠です。
5. まとめ:医療現場の正義を守る「理論武装」と「法的根拠」
2026年2月26日に発出された厚労省の新しい防止指針は、一見すると抽象的で分かりにくいものですが、一方で今後の裁判や行政指導の「基準」となる極めて重要な文書です。これを踏まえた上で、各医療機関の実務に沿った契約書、重要事項説明書、入院のしおり、そして独自の院内規定を策定することが求められます。
患者・家族だけでなく、時に救急車の騒音や工事、職員への不満を大義名分として襲いかかる近隣住民のクレームまで、現場で生々しく起こるトラブルは一つひとつすべて違います。指針の言葉がそのまま当てはまらないからこそ、現場での状況をしっかりと「記録」し、事前に交わした合意をもとに、行政指針の全体に一貫する趣旨・内容をしっかりと捉え、論理的に当てはめる「理論武装」が必要です。
ある種、ハラスメント対応は相手方との「頭脳戦」という面もあります。地域医療を支えるために一生懸命頑張っている現場が報われず、ハラスメント行為をする人間の言動がまかり通るというのは、決して常識的ではありません。「正義は勝つ」という形を作るためには、今の時代、しっかりとした理論武装、法的根拠、そしてエビデンスが必要です。
2026年10月1日の法律施行に向け、専門家ともしっかり相談の上、重要事項説明書の改定や独自ルールの構築など、万全な準備を進めていきましょう。
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