執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)
■ はじめに:診察室で突きつけられるスマホという名の武器
医療・介護の最前線において、日々患者さんやご家族の不安に寄り添い、真摯に地域医療を支えられている皆さまに、心からの敬意を表します。
2026年現在、厚生労働省が発出しているカスタマーハラスメント(カスハラ)対策の公式指針や各種ガイドラインの具体的例示の中にも明確に盛り込まれている、極めて悪質で現場を恐怖に陥れる嫌がらせがあります。それが、「お前の対応をSNSに投稿して炎上させてやるぞ」「ネットに晒してやる」という、いわゆるネット私刑を背景にした脅し行為です。
実際に診察室や受付の現場において、執拗にスマホのカメラをスタッフに向けたり、録音していることを誇示するためにわざとスマートフォンの画面が見える場所に置くなどして、無言の圧力をかけてくる患者や家族が急増しています。
こうした行為に直面した際、多くの医療従事者は「本当にネットに書かれたらどうしよう」「病院の評判が落ちてしまう」と動揺し、相手の理不尽な要求に屈してしまいがちです。
しかし、37年間にわたり警察組織で様々な犯罪者やクレーマーの行動原理を分析してきた私から言わせれば、この行為の本質を見誤ったまま紋切り型のマニュアル対応をすることは非常に危険です。今回は、現場が絶対にはまってはならない会話の罠と、法律を盾にして加害者のマウント(主導権)を完全に粉砕する実戦的な「対応要領」について、徹底的に解説いたします。
■ 1. 「証拠収集」と「ハラスメント」の決定的な境界線
まず、私たちが事案分析として冷徹に見極めなければならないのは、相手がスマホを掲げて録音・撮影を行っている「目的」です。
本来、医療ミスに対する防衛策や、後々のトラブル防止のために客観的なやり取りを「証拠」として残す目的の録音・撮影であれば、それは静かに、他者の業務を妨害しない範囲で行われるべきものです。
しかし、ペイハラに及ぶ患者やその家族が行っている行為は、目的が全く異なります。彼らは、病院側が自分の不当や過剰、理不尽な要求などを通させないことに対する不満の意思表示や、目的を遂げるためにスタッフを精神的に威嚇して自分の言いなりにさせるための凶器としてスマホを使用しているのです。
ことさらにスマホを見える位置に置いたり、カメラを至近距離で向けたりする行為は、それ自体が「こちらの要求を飲まなければ、お前たち公開により追い込むぞ」という強烈な支配欲とマウントの表れに他なりません。
こうした録音や撮影行為は、個人の尊厳を踏みにじるプライバシーの侵害や個人情報保護法上の問題に直面することはもちろん、医療機関が持つ「施設管理権(敷地内での秩序を維持する権利)」を著しく侵害する行為です。多くの病院やクリニックの院内規定には「許可なき録音・撮影の禁止」が定型文として記載されていますが、現実にはそのルールが現場で生かされておらず、単なる「魂の入っていないマニュアル」として死蔵されているケースがほとんどです。あるいはその掲示をしていないところが多くあります。これこそが、加害者を増長させる組織の死角となってしまうのです。
■ 2. 医療機関がはまる最大の罠:絶対に言ってはならないNGワード
私がこれまで多くの医療機関から受けてきた実際の相談事例の中でも、相手から「SNSに載せるぞ!」と凄まれたというケースが数多く存在します。その際、現場のスタッフが反射的に口にしてしまい、結果として相手の罠に完全に取り込まれてしまった「NGワード」があります。
それが、「そのようなことはやめてください!」という懇願の言葉です。
なぜ、これが絶対に使ってはならないNGワードなのでしょうか。 当然、医療機関側が「ネットに投稿されることを恐ろしがっている、嫌がっている」というこちらの弱みをすべて相手に見透かされてしまうという共通の危険性が第一にあります。
しかし、このNGワードが引き起こすさらに恐ろしい本質は、加害者に「権利の不当な行使」という最強の武器を与えてしまう点にあります。 本来、SNSへの投稿や発言は、憲法で保障された「表現の自由」という正当な権利の一環です。クレーマーはここを突いてきます。こちらが「投稿をやめてください」と懇願した瞬間、加害者はその言葉を逆手に取り、 「俺の正当な権利をなぜお前が妨害するんだ!」 「俺が何を投稿しようが俺の自由だろう!」 と、権利の上にあぐらをかいて猛反発してきます。
つまり、「やめてください」と言うこと自体が、相手に対して「自分のほうが正論(権利)を持っている」と認める形になり、まるで正当なことをしているかのような言動で、加害者は理論的にも自分が上の立場に立ったと錯覚し、より一層激しくマウントを取ってくるのです。このように、相手を精神的・論理的に勢いづかせ、主導権を完全に握らせてしまう引き金になるからこそ、「投稿しないでください」という一言は現場が絶対にはまってはならない致命的な罠なのです。
現職時代にもそのような経験を私は多数してきています。いわゆるガサと言われる自宅や事務所の捜索を開始し、それを聞きつけてきた仲間と思われる第三者が我々に対し、動画撮影のためにスマホを向けてくるのです。そんな中で、つい、「撮るな」など言おうものなら、「しめた」とばかりに、俺たちの正当な権利であるとばかりに責め立ててきて、まるでどちらが正義かわからなくなることが何度もありました。
■ 3. 元警察署長が伝授する実戦話術:客観性を生み出す「言葉の魔法」
では、目の前で「SNSに載せるぞ」と威嚇されたとき、私たちは具体的にどのような言葉を発信し、防衛線を敷くべきなのでしょうか。シバケン流の初期対応要領は、以下の2つのステップを徹底することです。
ステップ①:毅然とした「撮影・録音の停止」を求める
まずは施設管理権に基づき、「当院では許可のない撮影・録音は一律でお断りしています。今すぐスマートフォンの操作を止めてください」と、明確に意思表示を行います。
👉 あわせて読みたい参考記事 この「施設管理権」という強力な法的盾の正しい使い方や、院内のポスター掲示を形骸化させずに現場の職員を守る具体的な文言設計の手法については、こちらの過去記事に詳しくまとめています。ぜひ今回の内容と合わせてお読みいただき、院内の防衛線を盤石にしてください。 【入院病棟のカスハラ対策】家族の面会禁止・立ち入り禁止は法的に許されるか?最高裁判例関連事案から学ぶ、施設管理権の行使と代替手段の設計図(https://shibaken-poli.com/wp-admin/post.php?post=490&action=edit)
ステップ②:「それは脅し(脅迫)ですか?」と言葉に出す
ステップ①の制止を無視して、なおも「ネットに載せるぞ」と執拗に凄んできた場合、ここからが最も重要な「言葉の魔法」の出番です。現場の皆さんは、相手に対して冷静に、しかしはっきりと次の問いを投げかけてください。
「それは今、私たちに対する『脅迫』ですか? 恐怖を感じます。怖いです」
この言葉をあえて口に出すことには、危機管理上、極めて重大な客観性を生み出す狙いがあります。 「SNSに載せるぞ」という発言に対し、医療側が「それは脅しですか?」と明確に指摘することは、相手に対して「あなたのその行為は、こちらにとって精神的恐怖を与える違法な強迫行為として認識していますよ」という事実を、その場の空気に確定させる効果があります。
のちに事態が悪化し、第三者である警察が現場に介入した際、加害者は100%「そんなつもりはなかった」「怖がらせるつもりなんてない、」「相手は怖がってもなにもなかった」と言い逃れをしてます。 しかし、現場のやり取りの中で医療側が「それは脅しですか?」と言葉を発信し、それでも相手が威嚇を止めなかったという事実やさらには記録(スタッフのメモや院内の録音データなど)があれば、警察に対して「加害者は、こちらが恐怖を抱いていることを明確に認識した上で、あえて威嚇行為を継続した」という刑事事件(脅迫罪や威力業務妨害罪)の強固な構図を差し出すことができるのです。被害者としての感情と、行為の違法性をその場で客観視させるこの一言こそが、最前線のスタッフを守る最強の護身術となります。
■ 4. 相手の屁理屈を無効化するリーガル・話術の設計図
もし、こちらの制止に対して加害者が「何を投稿しようが、表現の自由だろ!」と権利を主張してきた場合、どのようにそのマウントを解体すればよいのでしょうか。
現代のネット社会の行動原理と法律を掛け合わせた、シバケン流の「相手の罠にはまらない返し技」の基本ロジックを提示します。私たちは、相手の「表現の自由」という建前を、あえて一度冷徹に認めてあげるのです。ただし、そこに猛烈な「法律の限界線」をセットにして突き返します。
「おっしゃる通り、何をSNSに投稿されるかは法律上、あなたの自由(表現の自由)であることは理解しています。法律さえ犯さなければ、ですが。」
この一言をスラスラと言えるように頭に入れておくだけで、現場の主導権は完全にこちらに戻ります。
「ただし、現在SNSの投稿を巡っては極めて深刻な社会問題が発生しており、法的な規制と罰則が劇的に厳罰化されています。もしあなたが投稿される内容に、当院に対する虚偽、事実無根の誹謗中傷、名誉毀損、侮辱、差別的発言、あるいは当院で働くスタッフ個人のプライバシーの侵害にあたる文言や画像が含まれていた場合、それは立派な『業務妨害』であり犯罪となります。法に触れる投稿がなされた場合は、当院は組織として一切の妥協なく厳正な法的措置に移行いたします。それを踏まえた上で、ご自身の責任においてご自由に行動してください。」
ここで私が皆さんに最もお伝えしたいのは、「この一連の法的ロジックや長文のセリフを、実際の緊迫した現場の最前線で、そのまま一言一句すべて暗記して理路整然と喋りなさい」という意味では決してない、ということです。怒号が飛び交う実際の医療現場で、これほど完璧な弁論をすらすらとこなせる人間などまずいません。
重要なのは、「この法律の現実と、加害者側の心理的な罠を、あらかじめ組織の管理者として『知識の盾』としてしっかりと頭の中に理解しておくこと」そのものにあります。
この構造さえしっかりと分かっていれば、実際の有事においてこれだけ完璧には申し向けられなかったとしても、少なくとも「相手に不当なマウントを取らせ、さらに勢いづかせてしまうような反すること(=投稿しないでくださいという弱腰の懇願)」を口にしてしまう大失態は、確実に防ぐことができます。頭の中に確固たる判断基準(物差し)を理解しておくこと。その知識の蓄えこそが、現場を最悪の罠から遠ざけ、毅然とした空気を維持するための最大の防衛線になるのです。
■ 5. 実際にSNSに投稿されてしまった場合の対応の考え方
万が一、こちらの制止を無視して、実際に悪意ある虚偽の書き込みやクレーマーによる一方的な低評価レビューがネット上に投稿されてしまった場合、私たちはどのように身構えればよいのでしょうか。
結論から申し上げれば、ネット上の悪意に対する最も実利的な特効薬は、初期段階においては「適切にスルー(無視)すること」であり、それでも実害が出る場合には「一分の隙もない徹底的なリーガルアクション(削除・発信者開示・損害賠償請求)」へのシフトです。
一つひとつの書き込みに一喜一憂して貴重な精神力を消耗するのではなく、冷静に相手の出方を見極めるタフさが必要不可欠となります。
👉 あわせて読みたい参考記事 ネット上の嫌がらせに対し、なぜ初期段階の「スルー」が最大の自衛策となるのか。その犯人心理の裏をかく具体的なメカニズムと、万が一実害が出た際に一歩も引かずに法的手段(リーガルアクション)へ切り替える境界線の見極め方については、こちらの実践防衛コラムを続けてお読みください。【SNS対策】書き込みには適切な反応を~「適度にスルー」が最強の防衛術! https://shibaken-poli.com/2026/04/28/%e3%80%90sns%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%91%e6%9b%b8%e3%81%8d%e8%be%bc%e3%81%bf%e3%81%ab%e3%81%af%e9%81%a9%e5%88%87%e3%81%aa%e5%8f%8d%e5%bf%9c%e3%82%92%ef%bd%9e%e3%80%8c%e9%81%a9%e5%ba%a6%e3%81%ab/
■ 結びに:組織全体で「安全のスクラム」を組むために
ハラスメントという名の悪意は、常に現場の「ためらい」や「防衛線の綻び」を本能的に探しています。
診察室で孤独にスマホを向けられている医師や看護師、受付で「ネットに晒すぞ」と大声を威圧されている事務職員を、絶対に独りきりで戦わせてはなりません。経営陣が「いざとなったら組織が前面に出て警察や弁護士と連携するから、現場は『それは脅しですか?』と毅然と言いなさい」という強いバックアップ体制を示すこと。この積極的なガバナンスこそが、理不尽なカスハラの呪縛から現場を解放する唯一の鍵となります。
私自身、37年間にわたる法執行の最前線(元警察署長)での歩み、ならびに財務省・国税庁への出向業務を通じて、組織統治やコンプライアンス管理、リスクの予兆分析に関する実務的な知見を積み重ねてまいりました。現在は、福岡市医師会安全対策支援アドバイザーとして、福岡市内の数多くのクリニックから寄せられるリアルなカスハラ相談の解決支援や実務研修、講話の講師を務めるとともに、医師会看護専門学校において次世代の医療を担う皆さまにリスクマネジメントの基礎を伝える活動を行っております。
「自院の現在の対応マニュアルに、最新の法的解釈やSNSリスクに対する死角がないか実務的な視点で点検したい」「現場の職員が理不尽な脅しにオフィスで萎縮しないよう、具体的な組織防衛の設計図を描きたい」など、院内統治やハラスメント対策に関する疑問や課題を抱えておられる経営者・管理職の皆さまは、どうぞお一人で悩まれず、まずは私までお気軽にご相談ください。
長年の法執行経験に基づき、皆さまの確かな後ろ盾となって、一分の隙もない安心の防衛ラインを全力を尽くして共に丁寧に設計してまいります。困った時は、いつでもご連絡をお待ちしております。
本日も最後までブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。 今日もお疲れ様です。明日もまた、胸を張って素晴らしい仕事に向かってください。
福岡の、および全国の医療現場の安全と発展に、心からの敬意を込めて。
【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】 院内ガバナンスの構築、各種ハラスメントの初期対応フロー設計に関する個別のご相談やコンプライアンス研修のご依頼は、柴田建一(シバケン)までお気軽にお問い合わせください。皆さまの現場に合わせた実効性のある防衛デザインを提案いたします。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
