1. はじめに:実際に私が市内の病院で相談を受け、解決した「ペイハラ家族」の事例
医療機関において、近年特に対応が困難を極めているのが、患者の家族による不当な介入やハラスメント(患者ハラスメント)です。
実は今日お話しする内容は、私が安全対策支援アドバイザーとして、実際に市内の病院から相談を受け、現場に入って対応・解決したリアルな事例に基づいています。
その病院では、高齢の母親が体調不良で入院されていました。足腰が弱っており食欲もなく、鼻の詰まりを訴えるため、医師の指示で抗生剤入りの点鼻薬を使用していたのですが、過剰使用による副反応を防ぐために病院側が使用を制限したところ、事態が一変したのです。
患者本人は「鼻の詰まりが取れずに夜寝ることができない」「リハビリはしたくない、からだがきつい」と拒否し、寝不足と体を動かさないその結果、寝たきり状態が続いたことで褥瘡(床ずれ)ができてしまいました。すると、その息子が病院に乗り込んできて、次のような不当な要求や言いがかりを連発し始めたのです。
- 「患者が希望しているんだから、使用量なんて関係なく言う通りに薬を飲ませろ!」(治療方針への不当な介入)
- 「リハビリをしないのは本人の意思だが、褥瘡ができたのは病院の医療ミスだ!」
- 「体力が弱ってきたのもすべて病院の責任だ!」
- 面会時間外でもかまわず、職員しか入られない経路で病棟へ侵入
医師の治療上の注意や指導に一切従わないにもかかわらず、健康状態が回復しないことをすべて病院の責任に帰し、主治医や看護師を1時間も2時間も拘束して、説明も聞かずに大声で威圧する、不法侵入を行う。まさにハラスメントのオンパレードと言える極めて悪質な事案でした。
さらにこの息子は、何かにつけて自己の主張を申し立てるため、スタッフが部屋の移動を促そうと少し体に触れただけで、「暴力を振るわれた!」「触るな、警察を呼ぶぞ!」と大声で被害者を装い、現場の主導権を握ろうとする常習犯でした。
真面目な医療従事者ほど、このような脅しに対して「穏便に済ませなければ」「とにかく刺激して怒らせないようにしよう」と萎縮してしまいがちですが、相手の目的はあくまで「精神的な優位に立ち、無理難題を通すこと」にあります。本稿では、私がこの病院にどのようなアドバイスを行い、どのようにしてこの悪質クレーマーを完全に無力化・排除したのか、その具体的な実戦防衛要領を解説します。
2. 警察の最前線に学ぶ「虚偽の暴力申し立て」への抑止メカニズムと『言葉の妙』
「体に触れていないのに暴力を振るわれたと騒ぐ」という構図は、実は警察の捜索差押(家宅捜索)や、被疑者・関係者の任意同行の現場でも日常茶飯事のように発生しています。
相手を促すために手を添えたり、相手の抵抗から身を守るために距離を取ろうと軽く押したりした行為に対し、悪質な関係者は「警察官に叩かれた!」「暴力を振るわれた!」と周囲に聞こえるように大声で叫び、捜査を妨害しようとします。
このような時、私が警察署長などの現場指揮官として徹底していたのは、「一切引かない毅然とした対応」と「その場で客観的な担保(証拠)を取る指示を出すこと」でした。
ここで重要になるのが「言葉の妙」です。相手の不当性を責めるのではなく、あえて「警察側の適正さ」を前面に出すため、相手が騒ぎ始めた瞬間に、本人がはっきりと聞こえる目の前で、部下に向かってこう指示を出します。
「おい、俺たちが相手に対して、不当な対応をしたりしちゃいかん。手続きが適正に行われていることを確認できるように、今すぐこの状況をカメラで動画撮影しなさい」
この一言が持つ抑止効果は絶大です。なぜなら、「動画を撮影される」ということは、相手にとって「自分が暴力を振るわれたという嘘の主張が、虚偽申告(あるいは嘘の告訴)である証拠を自ら残すことになる」という意味に一転するからです。また、「相手(警察官)は自信をもって職務執行をしている。」「自分たちの脅しが脅しになってない」と逆に心理的に優位に立てるほどです。
「本当に暴力を振るわれたと言うなら、どうぞ正規の手続きをとって訴え出てください。ただし、こちらの対応が適正であった一部始終は、この動画にすべて記録されています」という姿勢を示すことで、相手の不当な言いがかりを封じ込め、主導権を一瞬で奪い去ることができます。
3. 医療現場での実戦応用:相手の同意不要な「録音・録画」とプライバシーへの留意点
この警察の手法を、そのまま今回の医療機関の現場にてアドバイスしました。事前に長時間の拘束や言いがかりが予想される家族を別室に案内する場合や、窓口で騒ぎ始めた場合には、周囲のスタッフが本人の目の前で堂々と録音・録画を開始するのです。
病院で対応する際も警察の現場と同様に、「患者さんやご家族に対して、私たちの対応に決して失礼や不当な扱いがあってはなりませんので、適正さを担保するために録音・録画を回します」と本人の前で周囲に指示を出します。
この際、証拠資料(将来法的な紛争処理としての証拠となる意)として採取しているので「相手方の同意」は不要です。
自身が当事者として参加している会話の録音(秘密録音)や、トラブルの防衛・証拠保全を目的とした撮影は、「社会通念上、相当な手段」である限り、違法性はありません。 現に裁判における証拠能力としても広く認められています。
撮影時におけるプライバシーへの留意
ただし、医療機関という公共性の高い場所だからこそ、以下の点にだけ少し留意してください。 後日の不必要なもめ事を防ぐためにも、「周囲の患者様や、本人であっても必要以上の顔が映らないよう配慮して撮影する」という姿勢を示しておくことが大切です。
具体的には、あえて後ろ姿にしたり、首から下の一部だけを映すようにしたり、周りの他の患者様が画面に入らないようにカメラの向きを工夫するといった配慮です。「私たちはハラスメントの証拠保全と適正な対応の担保という目的の範囲内で、周囲のプライバシーにもしっかり配慮して撮影しています」と言える状態を作っておけば、病院側の正当性は完璧なものになります。
もちろん、これらに神経質になりすぎて撮影を躊躇する必要はまったくありません。カメラや録音機を向けること自体が相手に対する強力な牽制となります。仮に、実際の録画機器がその場にない状況であっても、「大丈夫ですよ、当院の院内監視カメラと録音設備にすべて記録が残っておりますから」と毅然と言い切ることが重要です。「客観的な証拠が残る」と分かった時点で、それ以上の無理な言いがかりは続けられなくなります。
4. 万が一「警察に届ける」と脅された場合の心得と現場の身体接触
それでもなお、今回の事例のように相手が「絶対に刑事告訴してやる」「被害届を出してやる」と息巻く場合があります。その際、病院側が絶対にやってはいけないのは、その場で話を丸く収めようと謝罪したり、妥協案を提示したりすることです。相手のペースに巻き込まれないために、以下の「目指すべき結末」をあらかじめ組織全体で共有しておいてください。
仮に被害届を出されたとしても「不起訴」は見えている
クレーマーが「暴行罪」などで警察に相談に行ったとしても、実質的な怪我や客観的証拠がない虚偽の訴えであれば、警察も事件としてまともに相手にしません。ただ強硬に被害を訴えた場合など、警察が取り調べを実施、書類を作成し、検察庁に書類送検の手続きをとったとしても、多くの場合、結論として「不起訴処分」になることが最初から見えています(もちろん状況にもよりますが)。
病院側としては、当時の状況を記録した「事実と記録に基づく看護記録・経過記録」を提出し、事情をありのまま説明するだけで済みます。そのための時間や労力を「面倒だから」「大ごとにしたくないから」と嫌う姿勢を見せるからこそ、相手につけ込まれるのです。医療ミスという言葉を乱発する相手に対しても、「どうぞ、然るべき公的機関や法的手続きへお届けください。当院は適切な医療措置を行っており、一切の非はありません」と突き放す覚悟が必要です。ここをその場で終わらせようとすると、完全に相手のペースになります。
現場での身体接触における鉄則
虚偽の暴力を防ぐための大原則は、「そもそも相手の身体に触れないようにすること」です。
しかし、他の患者様への迷惑を考慮し、どうしても別室へ移動を促さなければならない局面もあります。その際は、決して相手の腕を掴んだり引っ張ったりしてはいけません。
唯一許されるのは、相手の行動を促す程度に、「手のひらで相手の腰の後ろあたりをそっと触れ、向きを変えるように促す」程度の接触です。これであれば、後から客観的に見ても「暴行」と捉えられる余地は一切ありません。また、院内であれば防犯カメラの撮影されている範囲でこれらの対応を行うことも工夫の一つです。
すべては、通常の行動や過去の言動から「次に相手がどのような出方をしてくるか」を事前に察知する「危機察知力」にかかっています。ハラスメントの兆候を捉えた段階で、複数名での対応体制を整え、記録の準備をしておくことが最大の防御です。多数人による目撃状況も強い証明力とはなります。
👉 医療現場に潜む新たなリスクと「危機察知力」の磨き方について、さらに深く知りたい方はこちらの記事もあわせてお読みください。今回のようなペイハラ対策における事前準備だけでなく、昨今急速に普及している「生成AIの活用」に潜む個人情報漏洩のリスクなど、現代の医療経営にはあらゆる場面で「何が問題になるか」を事前に見抜く力が求められます。法律とハラスメント対策の双方に通じる、これからの時代に必要なリスク管理の本質を解説しています。【個人情報】生成AI時代の医療危機管理。個人情報保護法とペイハラ対策に通じる「危機察知力」の磨き方 (https://shibaken-poli.com/2026/06/28/%e3%80%90%e5%80%8b%e4%ba%ba%e6%83%85%e5%a0%b1%e3%80%91%e7%94%9f%e6%88%90ai%e6%99%82%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%8c%bb%e7%99%82%e5%8d%b1%e6%a9%9f%e7%ae%a1%e7%90%86%e3%80%82%e5%80%8b%e4%ba%ba%e6%83%85%e5%a0%b1/)
5. 組織を守る最終手段:事実に基づく「出入り禁止(診療拒否通知)」の断行
今回の著しい迷惑行為の事例において、私は病院側に対し、私が独自に作成している「診療拒否に関する通知書(警告書)」を作成し、突きつける決断を後押ししました。
医師の治療上の指示に従わず、不当な要求を繰り返し、職員を長時間拘束して業務を妨害する患者・家族に対しては、医療機関として毅然とした措置をとるべきです。
医師法第19条第1項に定められる「応召義務」ですが、厚生労働省の最新の指針でも、患者側の著しい迷惑行為やハラスメント、信頼関係の喪失がある場合は、「正当な事由」として診療を拒否することが明確に認められています。
この事案では、これまでの暴言や不当介入の事実、時間拘束の記録をすべて精密に積み上げ、それに基づいた書面を作成しました。そして、口頭および文書をもって、今後の病院への出入りを禁止するという強い措置をとったのです。
もちろん、高齢の母親が現在も入院中であるという個別の事情(保護措置)にも細心の注意を払いました。転院までの猶予や連絡ルートの限定など、細かい保護措置をあらかじめ条件として付しておくことで、病院側の法的な落ち度や人道的な批判を完全に遮断した状態での排除に成功したのです。
形だけのマニュアルに頼るのではなく、事実を積み重ねて外堀を埋め、最後は組織として毅然と一線を引く。これこそが、大切な職員の命と働く環境を守るために、経営トップが果たすべき真の組織統治(ガバナンス)です。
医療現場における複雑なハラスメント対応や、法改正に伴う実効性のある体制構築には、組織管理と危機の現場を知り尽くした専門的な視点が欠かせません。私は過去に警察組織において警察署長を歴任したほか、財務省(預金保険機構)や国税庁への出向経験を通じ、国家の統治と厳格な法令遵守(コンプライアンス)の実務に長年携わってまいりました。現在はその経験を活かし、看護学校での講師を務めるとともに、福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーとして、市内の数多くの病院やクリニックにおけるリアルなトラブル相談対応、現場の意識改革を促す研修や講話などを日々精力的に行っております。今回の事例のように、理不尽な患者対応や家族からの不当な介入、組織としての方針決定などでお悩みの経営者・管理職の皆様が、具体的な解決策を必要とされる場合は、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
