執筆:事案分析と解決の設計士 柴田 建一(シバケン)
■ はじめに:最前線で闘うすべての医療・介護従事者の皆さまへ
地域医療の最前線である受付や診察室、そして訪問看護・訪問介護の現場において、日々患者さんや利用者さんの命と健康を支え、真摯に尽くされているすべての医療・介護従事者の皆さま、長年組織を支える経営者・管理職の皆さまに、心からの敬意と感謝を申し上げます。
現場で働く皆さまは、患者さんやそのご家族からの苦情・要望に直面した際、「なんとか事情を説明し、誠意を持って納得してもらおう」と丁寧に対応を重ねられていることと思います。こちらの誠意を正しく理解し、受け止めてくれる善良な患者さんが相手であれば、その「丁寧な説明と納得」こそが円滑な医療サービスを継続していくための正当な王道です。
しかし、どれだけこちらがやるべきことをやり、誠実を尽くしても、絶対に「納得」しない悪質なカスタマーハラスメント(カスハラ・ペイハラ)を行う患者や家族が一部に実在するのも、また実際の現実です。
私は常日頃から、全国の医療・介護現場での指導や研修会、講話などにおいて、個別の事案を解決へと導くための独自の「ハラスメント対策7か条」と、実務上の軸となる「5つの留意事項」を定めて指導しています。この5つの留意事項はいずれも組織防衛において等しく欠かせない重要原則ですが、その中で、今回のテーマであるぶれない姿勢に深く直結する大原則があります。
それが、「ハラスメント対策は、相手を『納得させる』のではなく、不当な要求を『諦めさせる』のが着地点である」という鉄則です。
今回は、私が実際に相談を受け、ぶれない姿勢によって鮮やかに解決へと導いた具体的な実戦事例を紐解きながら、なぜ悪質なクレーマーに納得を求めてはならないのか、そして現場を救う「毅然とした対応」の心理学的メカニズムについて徹底的に解説いたします。
■ 1. 【実戦事例】「もういい」と受話器を置かせた、ある病院長の一大決断
ここで、私が実際に介入し、この「納得ではなく諦めさせる」という論理が完璧に機能した、ある病院での事例を共有します。医療現場の誰もが直面し得る、非常に典型的なハラスメント事案です。
その病院には、平素から「待ち時間が長い」「対応が悪い」と、何かにつけて受付や診察室で激しいクレームをつけ続けている、極めて自己中心的な男性患者がいました。病院側は「患者さまだから」と、その都度穏便に済ませようと穏和に対応していましたが、ある日、事態はさらに深刻なフェーズへと突入します。
この男性患者の母親が、体調不良により同じ病院の病棟に入院することになったのです。
ここから、男性のハラスメント行為は一気にエスカレートしていきました。医師が定めた薬の処方量や、服用させるタイミング、さらにはリハビリテーションをするしないなど具体的な方法にいたるまで、専門的な医療行為に対して次々と理不尽なイチャモンをつけ始めたのです。
それだけではありません。彼は病院が定めた面会時間を完全に無視し、自らの言い分を通すためだけに勝手に病棟内(職員専用の動線から)へと侵入。診察室や廊下、さらにはナースステーションにまでズカズカと入り込んでは、現場の医師や看護師を捕まえて「俺の言う通りにしろ」「説明が足りない」と怒鳴り散らし、毎回1時間も2時間も組織を時間拘束し、不当な要求を突きつけ続けました。現場のスタッフは精神的に追い詰められ、本来の医療業務には甚大な支障が出始めていました。
病院側から切実な相談を受けた私は、即座に「現状把握」と「出口戦略」の設計に入りました。
関係職員からの聞き取りやや記録を確認したところ、院内の秩序を著しく害し職員の就業環境を破壊している状況であり、これ以上の対応や猶予は不要だと判断、私は組織の防衛線を敷くため、以下の方針を確立しました。
- 当該患者(息子)の今後の当院における診療拒否
- 入院中の母親の、他院への転院措置の実行
- 当該男性の病院敷地内への「出入り禁止(施設管理権の行使)」の通告
方針を固めるにあたり、私はまず、これまでの彼の暴言や時間拘束、不当要求の具体的な事実関係を一言一句洗い出し、カルテや対応記録としての「客観的な証拠の有無」を徹底的に確認しました。こちらの引く一線が法的に100%正当であり、のちに「不当な診療拒否」などと言いがかりをつけられないための強固な根拠を完全に担保したのです。
事前の見取り図が完璧に整った時点で、私は渋る院長の背中を強く押しました。 「先生、証拠も大義名分もすべて揃っています。今すぐ組織のトップとして、本人にこの方針を直接申し渡しなさい」
覚悟を決めた院長は、男性患者の携帯電話へ直接ダイヤルしました。電話がつながるやいなや、相手はいつもの調子で「病院の対応が悪いから俺が言ってやってるんだ」「母親に何かあったらどうするんだ」と、自分勝手な理屈を大声でまくし立て、病院側の説明には一切耳を傾けようともしない、完全に聞く耳持たずの態度でした。
しかし、今回の院長はこれまでの対応とは全く違いました。あらかじめ確立した方針に基づき、相手の感情的なマウントをピシャリと遮断し、揺るぎない、ぶれない姿勢で淡々と「当院としての最終決定」を何回となく告げ続けたのです。
電話は実に1時間に及びました。相手は何とかして病院側を屈服させようと、ありとあらゆる言葉を尽くして攻め立ててきましたが、院長の姿勢が1ミリもブレないことを悟ったその瞬間、男の口から信じられない言葉が飛び出しました。
「……分かった。これだけ言っても変わらんとならもういい」
そう吐き捨てると、男は自らガチャンと電話を切ったのです。その後、男が病院に怒鳴り込んでくることは二度となく、事案は見事に完全収束へと向かいました。まさにこの最後の一言が、ハラスメント行為者の心の中を如実に表わしているのです。
■ 2. ぶれない姿勢が「無敵感」を粉砕する心理学的メカニズム
この事例が示しているものこそが、「納得させるのではなく、諦めさせる」という危機管理の本質なのです。
理不尽なハラスメントを行う人間に共通する普遍的な心理構造として、「自分勝手な利己的判断を突き通し、被害者を装って騒ぎ立てれば、相手を思い通りにコントロールできる」という歪んだ特権意識や全能感があります。彼らは、「言えば相手が折れるはずだ」「自分は絶対に攻撃されない安全な聖域にいる」という、間違った意識感覚(無敵感)に支配されて攻撃をしてきているのです。
もし院長が、この1時間に及ぶ電話の中で、「どうにかして相手に病院の方針を理解してもらい、納得して電話を切ってもらおう」と躍起になっていたら、一体どうなっていたでしょうか。
相手の「納得」という着地点にこだわるあまり、「こちらの言い方が悪かったでしょうか」「では、面会時間の件は少し融通を利かせますから」などと、変な譲歩や不適切な妥協をしてしまっていたはずです。そして、その一瞬の迷いやブレを、ハラスメント患者は見逃しません。「もう少し強く押せば、もっと有利な条件を引き出せるぞ」と相手のペースにはまってしまい、本来の筋が完全にブレて、対応はさらに泥沼化していたことでしょう。
院長が示した「毅然とした対応」とは、大声で言い返すことでも、相手を論破することでもありません。 「あなたがどれだけ大声を出し、どのような理屈を並べ立てようとも、組織として決定したこの防衛線は1ミリも動きません。私たちはあなたの脅しには一切屈しません」という、揺るぎない、ぶれない姿勢(意志)を相手の脳裏に正確に伝えることです。
男が最後に放った「これだけ言っても変わらんとならもういい」という言葉は、彼が病院の方針に心から納得した言葉では決してありません。自分の持っている全ての武器(大声、理不尽な理屈、時間拘束)を繰り出しても、目の前の頑丈な壁(院長のぶれない姿勢)が一歩も引かない現実を目の当たりにし、「これ以上この病院を攻撃しても、自分の思い通りにする手段は一切ない。時間の無駄だ」と自覚した、すなわち「自らの全能感を粉砕され、不当な要求を完全に諦めた瞬間」の言葉なのです。
毅然とした態度が相手に伝われば、悪質なクレーマーは自ら矛を収めて退散していく。これこそが、ガバナンスが正常に機能した組織防衛のリアルな姿なのです。
👉 クレーム対応の過程で別室へ誘導した際、加害者から「暴力を振るわれた!」などと事実無根の虚偽を叫ばれた場合の、具体的な防犯・護身の実戦要領を知りたい方は、こちらの過去記事をあわせてお読みください。 【悪質クレーマー対策】「暴力を振るわれた!」と虚偽を叫ぶペイハラ家族を完全無力化する実戦的防衛術 (https://shibaken-poli.com/2026/07/09/%e3%80%90%e6%82%aa%e8%b3%aa%e3%82%af%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%9e%e3%83%bc%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%91%e3%80%8c%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e3%82%92%e6%8c%af%e3%82%8b%e3%82%8f%e3%82%8c%e3%81%9f%ef%bc%81%e3%80%8d/)
■ 3. 「納得」はソフトランディングの理想、「諦め」は組織防衛の現実
もちろん、誤解のないように申し上げますが、トラブル対応の理想としては、できるだけ相手がこちらの説明を「分かった」という形で受け入れ、円満に納得してくれることが一番です。それが最も傷の浅い解決(ソフトランディング)であることは言うまでもありませんし、通常の苦情応対においてはそれを目指すべきです。
しかし、一部の悪質なハラスメント患者に対しては、そもそも「最初から納得してもらうことは不可能である」という前提に立たなければなりません。なぜなら、彼らは最初から話し合いや問題の解決を目的としておらず、自己の不満のハケ口として、あるいは理不尽なマウントを取って優位に立つこと自体を目的にやってきているからです。
最初から納得するつもりのない相手に対して、こちらが「納得」を着地点(ゴール)に設定して対応に臨むこと自体が、戦略上の致命的なエラーなのです。
実務として私たちが取るべき正しい心構えは、以下の2つのステップを徹底することです。
① やるべきことを徹底してやり、実績(証拠)を残す
毅然とした対応(診療拒否や出入り禁止等)を後々になって「不当なもの」とされ、裁判等で不法行為に問われるリスクを未然に防ぐため、医療側としては当然、やるべき対応責任をまずは真っ当に尽くさなければなりません。 2019年の厚労省のガイドラインに基づき、事前の丁寧な説明や傾聴を行い、「病院側としてはこれだけの誠実なリカバーと対応を行った」という客観的な実績と記録(エビデンス)をカルテ等に完璧に構築します。この実績こそが、組織の正当性を担保する最強の盾となります。「ここまで対応している我々はどこに行っても負けない」との事実の積み上げと自信を持つことが大事です。
② 限界線を越えたら、ゴールを「諦めさせること」へ切り替える
誠実な説明責任の履行という「やるべきこと」を十分に尽くした上で、なおも相手が理不尽な要求を繰り返し、職場環境を著しく害してくるのであれば、そこから先はすかさず「ハラスメント対策としてのフェーズ」へと鮮やかに舵を切ります。 ここからのゴールは、相手の納得ではなく、要求の打ち切り(諦めさせること)です。自信を持ったブレない姿勢で最終方針を通告し、相手の無意味な攻撃を完全に無力化させるのです。
そして、このフェーズにおいて経営トップや管理職が絶対に陥ってはならないのが、「訴えられたらどうしよう」「なんとか穏便に済ませたい」という弱気な事後処理の罠です。 「穏便に済ませる」ために相手に安易な譲歩を重ねることは、加害者の歪んだ特権意識をさらに刺激し、ハラスメントをどこまでもエスカレートさせる引き金にししかありません。もちろん、事案や対象者によっては適当なところの落としどころで着地することは実務としてはよくあることです。この場合でも着地点の後の、さらなる悪い展開がないか、他への悪影響はないかなとしっかりと考えることが必要です。
現場で患者側の身勝手な言い分と、医療側の正当な説明がどれだけ尽くしても噛み合わないのであれば、「訴えられて上等」なのです。 第三者機関である裁判所や、法律の専門家である弁護士が間に入れば、客観的な証拠に基づいて必ず公平・公正な結論に達します。裁判や法的手続きに要する労力や時間を惜しむ(面倒くさがる)からこそ、相手にその隙を突かれ、さらなる不当要求を強いられるという最悪の結果を招いてしまう。この危機管理の本質を、私たちは強く肝に銘じておかねばなりません。
■ 結びに:自信を持った姿勢が現場の職場環境を死守する
病院におけるハラスメント(カスハラ)対策において、経営トップや管理職の皆さまが最も持ってはならないのは、方針のブレと弱気な姿勢です。組織の軸がブレるからこそ、最前線のスタッフ(受付、看護師、医療従事者、ヘルパーなど現場の皆さま全員)がはまってしまい、孤立の罠に苦しむことになるのです。
初期の段階で冷徹に現状を把握し、将来の見通し(落としどころ)を立てた上で、やるべきことをやり、引くべき一線を引いて「諦めさせるための毅然とした態度」を示すこと。これだけで、悪質なクレーマーのほとんどは突き通す手段を失い、自滅していきます。勇気を持って自信に満ちた姿勢を貫くことこそが、スタッフの心身の安全を守り、ひいては地域医療の健全なガバナンスを確立するための何よりの基盤となるのです。
私自身、37年間にわたる法執行の最前線(元警察署長)での歩み、ならびに財務省・国税庁への出向業務を通じて、組織統治やリスクの予兆管理に関する厳格なコンプライアンス実務を数多く統括してまいりました。現在は、福岡市医師会の医療安全対策支援アドバイザーとして、福岡市内の数多くのクリニックから寄せられるリアルなペイハラ・カスハラ事案の具体的な解決支援や実務講話を行うとともに、看護専門学校の講師としても次世代の医療従事者たちへ危機管理の現実論を伝えております。
もし、「自院の現在の対応フローに死角がないか実務的に点検してほしい」「悪質なクレームに直面しており、今回の事案の正しい落としどころや初期方針の見立てを一緒に設計してほしい」など、院内統治や現場の安全確保に関する具体的な課題や不安を抱えておられる経営者・管理職、および現場の皆さまは、どうぞお一人で悩まれず、まずは私、柴田建一(シバケン)までお気軽にご相談ください。皆さまの確かな後ろ盾となり、現場の職員が明日からまた胸を張って笑顔で働けるような、一分の隙もない安心の設計図を全力を尽くして共に丁寧に描き上げてまいります。いつでもご連絡をお待ちしております。
本日も最後までブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。 今日もお疲れ様です。明日もまた、素晴らしい地域医療の未来に向かって、毅然と進んでまいりましょう。
福岡の、および全国の医療現場の安全とガバナンスの発展に、心からの敬意を込めて。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdff)
