【法改正を見据えた備え】2026年10月施行の労働施策総合推進法と連携する、医療現場の革新的ペイハラ対策

目次

医療現場を疲弊させる「情報共有の壁」という深刻な課題

日々、多くの患者さんと向き合う医療機関の皆様、本当にお疲れ様です。

医療現場における患者や家族からの著しい迷惑行為、いわゆる「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」は、現場の医師やスタッフの心身を激しく消耗させる深刻な問題です。このペイハラ対策を進める上で、私が主宰する「シバケン・ガバナンス研究所」では「ペイハラ対策7か条」を提唱していますが、その中でもすべての基礎であり根本となるのが「組織的対応と情報共有」です。

日常よくあるクレームで、医療現場におけるクレームの大きな引き金となるのが「待ち時間の長さ」です。ささいな不満から延々と続くハラスメント行為へ発展させないための考え方や、具体的な対応目安については、あらかじめ以下の記事をあわせてご一読いただくと、本記事の内容がより深く理解できます。

👉【待ち時間クレームからスタッフを守る対応の極意を知りたい方はこちら】 病院の待ち時間クレーム対策:ペイハラ化を防ぐ「ゴムマリ理論」と医療機関の危機察知力・組織対応の極意 (https://shibaken-poli.com/2026/07/13/%e3%80%90%e7%97%85%e9%99%a2%e3%81%ae%e5%be%85%e3%81%a1%e6%99%82%e9%96%93%e3%82%af%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%a0%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%91%e3%83%9a%e3%82%a4%e3%83%8f%e3%83%a9%e5%8c%96%e3%82%92%e9%98%b2/

このように、現場の危機を未然に察知して組織対応へ繋げるためには「情報共有」が絶対に欠かせません。しかし、多くの医療現場から「個人情報保護法があるため、迷惑患者の情報を他の部門や外部機関と共有して良いのかわからない」「勝手に情報を流したと抗議されたらどうしよう」という不安の声を耳にします。

結論から申し上げますと、適切な手続きを踏んでプライバシーポリシーを見直せば、職場の安全安心を守るための情報共有は法律上も十分可能です。本記事では、警察組織での危機管理経験と現在のリスクマネジメントコンサルタントとしての知見から、医療機関が今すぐ取り組むべき「守りの情報共有」の具体的な進め方を解説します。

なぜペイハラ対策において「情報共有」がすべての根本なのか

組織的対応と情報共有は切っても切り離せない

ペイハラが発生した際、現場のスタッフが一人で抱え込んでしまうケースが散見されますが、これは最も避けなければならない対応です。悪質なクレームや不当要求に対しては、個人の能力に頼るのではなく、病院全体で立ち向かう「組織的な対応」が不可欠です。

接着剤のように、この組織的な対応を可能にする唯一の土台が「情報共有」です。現在進行形で起きている迷惑行為の状況を、院内全体、あるいは関係部門へ瞬時に共有できなければ、足並みを揃えた組織対応など不可能です。

部門間・個人間の温度差をなくすために

大規模な病院になればなるほど、あるいは複数の部門が存在するクリニックなどでは、人や部署によって危機感に「温度差」が生じがちです。「あの先生は厳しい対応したのに、こちらの受付では曖昧に受け流してしまった」というようなブレがあると、悪質なクレーマーはそこを突いてきます。そして、そこを突破口として、ハラスメントが全体へ蔓延し、毅然としていたはずの一部までもを巻き込んでハラスメント対策を優先せざる負えなくなるのです。

全員が同じレベルで事案を認識し、統一された方針で毅然と対応するためには、リアルタイムかつ正確な情報共有が必要不可欠なのです。情報を知っているからこそ、他のすべての防犯・ハラスメント対策もスムーズに機能します。

現場で起きているリアルな失敗事例と「個人情報」のジレンマ

ここで、実際に地方のクリニックで発生した、情報共有の進め方を誤ったがゆえに二次トラブルへと発展してしまった深刻なケースを見てみましょう。

ケース分析:良かれと思った保健所連携が招いた激しい抗議

実際の相談事例ですが、あるクリニックに、肝臓機能の疾患を抱えた患者が来院しました。この患者は、前の医療機関で何らかの迷惑行為を行い、診療拒否(受診できなくなる状態)になって流れてきた人物でした。

しかし、クリニックにやってくるなり、この患者は「この検査は嫌だ」「診察はいいから薬だけ出してくれ」と、非常に利己的で自己中心的な不当要求を突きつけてきたのです。クリニック側はその日は要求を断り、毅然と対応しましたが、患者は自分の要求を通そうと大声を出し、威嚇的な態度を取ったため、その日はそのまま帰宅してもらいました。

院長やスタッフは「次回からどう対応すべきか」と頭を悩ませ、地域の保健所に相談することにしました。「この患者の生活状況はどうなっているのか」「保健所側から何か指導やアプローチは行われているのか」を確認するためです。

ここまでは、地域の医療ネットワークを活用した一般的な相談に見えました。しかし、ここからの動きが問題でした。相談を受けた保健所は、同じ行政機関である生活保護課(保護課)へその旨を連絡したのです。そして保護課から本人へ「病院でトラブルを起こさないように」といった趣旨の注意・連絡が入りました。

注意を受けた患者が次に取った行動は、クリニックに対する猛烈な抗議でした。「生活保護を切られたらどうするんだ。チクりやがって」と言ったところです。予約を取るために再度連絡してきた際、十数分間にわたって大声で怒鳴り散らしたのです。

「なぜ勝手に俺の個人情報を役所に流したんだ!」 「診察や診療に全く関係ないじゃないか!」 「関係のないプライベートな事項まで漏らしているだろう!」

最終的には「で、どうするんだ? 次は診療するのかしないのか?」と激しく詰め寄り、無理やり予約を入れて電話を切るという状態に陥りました。

この事例における2つの重大な問題点

このケースを危機管理の視点から分析すると、医療界が抱える大きな問題点が見えてきます。

第1に、「前の医療機関からどのような迷惑行為があり、どういう経緯で診療拒否に至ったのか」という情報が、次のクリニックに一切引き継がれていなかった点です。もし事前に「この患者は過去にこういう不当要求を行い、トラブルを起こしている」という情報が医療機関間で共有されていれば、クリニック側も最初から相応の警戒態勢を敷き、毅然としたマニュアル対応ができたはずです。

第2に、個人情報保護法に対する認識と、事前の法的リスクへの備えが不足していた点です。保健所や行政への情報提供が、患者側から見れば「利用目的外の第三者提供だ」と捉えられ、反撃の口実を与えてしまいました。

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。それは、現在の医療業界における個人情報保護法の運用の大部分が、患者のプライバシー保護だけに偏っており、「職場の安全安心(働くスタッフの防衛)」という視点がほぼ抜け落ちているからです。今一度自院策定し公表している個人情報保護規定を確認してみてください。

個人情報保護法と医療機関のプライバシーポリシーの現状

個人情報保護法は、医療機関に対して非常に厳しいルールを課しています。ここで、リサーチの鍵となる具体的な根拠条文を確認しておきましょう。

  • 利用目的の特定(第17条):個人情報を取り扱うにあたっては、その利用の目的をできる限り特定しなければならないと定められています。
  • 利用目的の通知・公表(第21条):個人情報を取得した場合は、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかにその利用目的を本人に通知するか、または公表しなければなりません。
  • 利用目的外の利用の禁止(第18条):原則として、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱ってはならず、目的外利用を行う場合はあらかじめ本人の同意を得る必要があります。
  • 第三者提供の制限(第27条):原則として、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはなりません(法令に基づく場合などの例外を除く)。

現在、ほとんどの病院やクリニックが掲げているプライバシーポリシー(個人情報保護方針)の利用目的には、「診療のため」「他の医療機関との連携のため」「保険事務のため」といった、医療行為に直接関係することしか書かれていません。職場環境の安全安心、すなわち患者等による迷惑行為に関する情報を利用する項目の記載がないのです。

「患者情報提供書(紹介状)」にどこまで書けるのか

医療機関同士の情報共有といえば、いわゆる「紹介状(患者情報提供書)」が一般的です。しかし、ここにも医療法の壁や従来の慣習が存在します。

患者情報提供書に記載できる範囲は、原則として病状や治療経過、処方内容といった「医療情報」に限定されていると考えられてきました。本人の素行の悪さや、スタッフに対する迷惑行為・暴言といった事実をそこに記載することは、「患者情報としての利用目的を逸脱しているのではないか」「名誉毀損やプライバシー侵害に当たるのではないか」と恐れられ、現場では書かない(書けない)ことが暗黙の了解になってしまっているのです。

結果として、悪質なクレーマーやペイハラ気質の患者は、自分の都合の悪い過去のトラブル履歴を隠したまま、次の医療機関へと渡り歩くことになります。そして、行く先々の病院で新たな犠牲者が生まれ、我慢強い医師や看護師、受付スタッフが長期間にわたり精神的に搾取され続けるという悪循環が起きているのです。

労働施策総合推進法の施行と、今すぐできるプライバシーポリシーの改定

この苦しい状況を打開するための大きな転換期が、今まさに訪れようとしています。

2026年10月施行の法改正がもたらす大義名分

2026年10月、労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の改正が施行され、カスタマーハラスメント(医療におけるペイハラ)対策が企業および医療機関において事実上義務化、あるいは極めて強く求められる時代へと突入します。

これは医療機関にとって、「スタッフの安全を守るための措置を講じなければならない」という強力な法的義務・大義名分が生じることを意味します。これまでのように「患者第一主義」の名のもとにスタッフの犠牲を強いることは、組織の安全配慮義務違反に問われかねない時代になったのです。

プライバシーポリシーの「利用目的」を法律に基づいて見直す

では、具体的にどうすれば法律を遵守しながら情報共有ができるのでしょうか。その具体的なやり方こそが、私が全国の医療機関へ提言し続けている「プライバシーポリシーにおける利用目的の書き換え」です。

ここで最も重要なエビデンスとなるのが、個人情報保護法第17条第2項です。この条文では以下のように定められています。

「個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。」

つまり、裏を返せば「変更前の利用目的と関連があると世間一般の常識(合理的・相当な範囲)に照らして認められる範囲」であれば、本人の同意をわざわざ取り直さなくても、利用目的を変更して公表(第21条第3項に基づく公表)することで法律上認められるのです。

悪質なペイハラ患者への対応や、それに伴う他院・警察・弁護士・自治体への情報提供は、医療機関が安定して安全に「ふだんの診療を適切に継続する」という目的のために行うものです。したがって、これは従来の「診療の適切な実施」という目的に付随するものであり、十分に常識の範囲内(合理的な関連性のある範囲内)であると解釈できます。

具体的には、自分のところのプライバシーポリシーの「利用目的」の欄に、以下のような文言をはっきりと書き加えるのです。

  • 当院内における安全管理、秩序維持、および職員に対するハラスメント(ペイシェントハラスメント等)防止のため。
  • 不当要求や迷惑行為への対応において、他の医療機関、医師会、弁護士、警察、および自治体等の関係機関・団体と連携し、必要な範囲で情報を提供・共有するため。

このように利用目的をはっきりと指定し、院内への掲示やウェブサイトで事前に公表(第21条に基づく公表)しておくことで、万が一悪質な患者から「なぜ勝手に情報を共有したんだ」と抗議されても、「当院の規約に基づき、職場の安全管理と適切な診療体制を守るための常識的な範囲内での利用・連携です」と、明確な法的根拠(第17条2項、第21条3項)を持って説明することが可能になります。

もちろん、具体的な運用にあたっては、それぞれのクリニックの規模や実態に合わせて法律の根拠条文を確認し、確かな証拠を固めた上で文章を作る必要があります。しかし、この「意識改革」と「事前の規約整備」を行うだけで、現場の守りは劇的に強固なものへと変わります。

事例分析から導く、医療ガバナンスの未来

私がかつて身を置いた警察組織では、事件・事故の兆候や要注意人物の情報は、瞬時に組織全体で共有され、次の対策へと繋げられていました。危機管理において「情報が途切れてしまうこと」こそが最大の足枷になることを、私は身をもって知っています。

医療現場も全く同じです。多くの迷惑患者は、医療機関ごとの「我慢の限界の違い」や「情報の分断」を利用して、様々な病院でトラブルを繰り返しています。その間に犠牲になっているのは、常に現場で真面目に働く医師やスタッフの皆様です。

迫り来る10月の法改正を良いきっかけと捉え、まずは自院のプライバシーポリシーに目を向けてください。やれるところからまず手を付けていくという意識改革こそが、情報共有を活発にし、大切なスタッフと医療環境を守る最強の盾となります。

私はこれまで、警察署長としての危機管理対応をはじめ、財務省(預金保険機構)や国税庁への出向を通じたガバナンス業務など、行政・法執行の最前線で数々の困難な事案や組織統治の局面に携わってまいりました。現在は、福岡市医師会安全対策支援アドバイザーや看護学校での講師を務め、福岡市内の医療機関を中心に、数多くの具体的なトラブル相談対応やペイハラ対策の体制構築に関する講話などを精力的に行っております。

もし、「自院のプライバシーポリシーをどのように見直すべきか分からない」「実際のペイハラ対応に苦慮している」といったお悩みがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。「過去の事例をしっかりと分析し、そこから最も効果的な仕組みを組み立てる」専門家として、皆様の組織防衛を全力でバックアップいたします。

院内の安全管理体制の構築、スタッフ研修、講話のご依頼や具体的なご相談につきましては、柴田健一(シバケン)までいつでもご連絡ください。皆様からの相談予約・お問い合わせを心よりお待ちしております。

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

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