【内々の隠蔽が招く崩壊】院内窃盗の解決に見たトップの姿勢:ハラスメントや医療ミスに負けない透明な組織づくりの極意

■ 導入:病院組織の平穏を脅かす「見えない危機」に直面する皆さまへ

地域医療の最前線で患者さんの命と健康を守るため、日々不眠不休で尽力されている病院長や理事長、事務長をはじめとする経営層・管理職の皆さまに心からの敬意を申し上げます。

医療機関という組織は、多種多様な職種が複雑に連携し、24時間365日休みなく稼働する特殊な空間です。そこでは患者さんとの関係性だけでなく、職員同士の人間関係や安全管理など、多岐にわたる課題が絶えず発生しています。

その中でも、経営陣が最も頭を抱え、対応を誤ると組織の信頼を根底から揺るがすのが「院内で発生する不祥事や犯罪」への対応です。

「穏便に済ませたい」「表沙汰にして評判を落としたくない」という心理は、人間であれば誰しも抱く感情かもしれません。かつては、いわゆる「大岡裁き」のように、圧倒的な力量を持つリーダーが強固な信頼関係や共通の道徳観念を下支えとして、少々のミスや失敗を内々で上手く丸く収めて解決できた時代もありました。

しかし、現代社会において「内々の処理」や「隠蔽」を選択することは、組織の命運を左右する最も致命的な判断ミスとなります。

このブログを読むことで、私が実際に過去に相談を受けた「中規模病院での連続盗難事件」の解決プロセスを通じて、あえて「大ごとに扱い、ガラス張りにする」という最も手間がかかりつつも最も堅実な危機管理の真髄をご理解いただけます。経営トップの毅然とした姿勢が、悪質なペイシェントハラスメント(患者や家族からの著しい迷惑行為)や医療事故対応に強い組織をどう作っていくのか、その具体策をお伝えします。

目次

1. 散発する院内盗難とトップが陥った「事なかれ主義」の罠

私が過去にリスクマネジメントの相談を受けた、ある中規模病院での事例をお話しします。

その病院では、職員の個人ロッカーから財布が抜き取られ、現金が盗まれるという悪質な被害が散発的に発生していました。患者さんや見舞客が出入りする空間だけでなく、本来であれば職員しか立ち入れない控え室でも同様の被害が発生しており、現場の職員たちは深刻な不安と不信感に苛まれていたのです。

① 「警察に届けても意味がない」という院長の誤った認識

事態を重く見た私が、院長や事務長にこれまでの対応状況を確認したところ、極めて危険な現状が浮き彫りになりました。

過去にも同様の盗難が起きていたものの、病院として組織的に警察へ被害届を出すことは一切しておらず、被害を受けた職員個人が個別に警察署へ相談しに行っているような状態だったのです。

私が院長に「今後の発生に対して、組織としてどのように対応したいと考えておられるのか」と真意を尋ねたところ、院長からは以下のような答えが返ってきました。

「盗難が起きている場所は防犯カメラの死角ばかりです。犯人は間違いなく院内の事情をよく知る職員でしょう。しかし、防犯カメラに映っていない以上、警察に届けてもどうせ犯人は捕まらないと思います。万が一犯人が捕まって自分のところの職員だった場合、世間体や新聞報道のことを考えると逆に困ってしまいます。だから警察には届け出ず、被害を受けた職員が個別に警察へ相談して、犯人が怖がって今後の発生がなくなればそれで良いと思っているのです」

② かつての「内内処理」は現代では通用しない

この院長の考え方こそ、危機管理において最も陥ってはならない罠です。

昔であれば、人間関係の深さや指導者の個人的な力量によって、多少の問題は表に出さずに内々で処分し、再発を防ぐというやり方が成り立っていたかもしれません。しかし、コンプライアンスや透明性が厳しく問われる現代において、隠蔽体質や事なかれ主義は最大の裏目に出ます。

元警察署長としての実務経験から断言いたしますが、内部事情を熟知した人間による犯行は、防犯カメラの死角や管理の隙を狙って極めて巧みに行われます。そして、組織側が「大ごとにしたくない」「内々で済ませたい」という姿勢を見せた瞬間、犯人は自らの優位性と組織の弱みを察知します。

「この病院は警察を呼ばない」「騒ぎにしないから大丈夫だ」という認識を持たせた瞬間、犯罪に対する心理的ハードルは完全に崩壊し、犯行は歯止めが利かなくなります。曖昧な対応は、犯罪を止めるどころか、次の犯行を誘発する温床を作り出してしまうのです。

身内をかばい、表沙汰にしない姿勢は、盗難事件だけに留まりません。患者やご家族からの理不尽な要求(ペイシェントハラスメント)に対して毅然と戦えず、安易な妥協を重ねて職員を孤立させてしまう体質と完全に表裏一体なのです。

2. あえて「大ごとに扱う」決断:警察への110番通報と全面協力のリアル

私は院長に対し、厳しい表情でこのように指導いたしました。

「院長、その考え方自体が次の犯罪を招いています。どんなに手間がかかっても、どれほど時間が取られても、次回盗難が発生した際には直ちに110番通報を行ってください。敢えて、「犯人を捕まえてください」と警察官にしっかりとした意思表示をして下さい。そして、警察による鑑識活動、関係者の事情聴取、防犯カメラのデータ提出など、全面的に協力してください。犯人を必ず捕まえるという毅然とした姿勢を、組織内外に示すのです」

① 110番通報と警察捜査への全面協力

それから間もなく、再び院内で現金盗難が発生したとの連絡が私に入りました。私は即座に指導通り110番通報を行うよう指示し、病院側にも警察へ全面的に協力する意思を強く示すようアドバイスしました。私の方からも所轄の刑事課幹部へ「院長も最大限捜査に協力する意思を示しているので、できるだけの捜査を尽くしてほしい」と要請いたしました。

実際の警察介入は、病院業務にとって決して楽なものではありません。

人手不足で激務が続く医療現場において、警察官の臨場に伴う立会い、現場の鑑識作業、関係職員一人ひとりに対する指紋の採取や事情聴取が行われました。さらに、防犯カメラの全データを警察へ提出・変換する作業だけに膨大な時間を奪われることとなりました。

現場の職員には一時的に大きな業務上の負担がかかり、精神的な緊張が走ったことは事実です。

② 数年間「再発ゼロ」を達成した抑止力の正体

しかし、この「あえて大ごとに扱う」というアクションを起こした結果、どうなったでしょうか。

110番通報を行ったその日を境に、次なる盗難事件は一切発生しなくなりました。そして事件から数年が経過した現在に至るまで、あれほど頻発していた院内での盗難事件は「完全にゼロ」となったのです。

なぜ、防犯カメラの死角で行われていた事件が、警察の臨場によって一瞬で収束したのでしょうか。

それは、病院長という経営トップが「当院において不法行為は絶対に許さない。犯人が身内であろうと容赦なく警察に通報し、徹底的に追及する」という強いメッセージを全職員および犯人に対して発信したからです。

犯人側からすれば、「この病院は本気だ。次回やったら確実に捕まる」という強烈なプレッシャーを感じ、手を引かざるを得なくなったのです。トップの毅然とした姿勢が組織のすみずみまで行き渡り、強固な犯罪抑止力として機能した決定的な事例と言えます。

③ 疑心暗鬼を打ち払い、チーム医療の信頼を取り戻す

内部での盗難事件で最も恐ろしいのは、金銭的被害そのものよりも「あいつが犯人ではないか」「隣にいる同僚が泥棒かもしれない」という疑心暗鬼が院内に蔓延することです。

お互いに不信感を抱いた状態では、密なコミュニケーションなど不可能です。チーム医療の根幹である信頼関係が破壊され、結果として医療の質そのものが著しく低下していきます。

だからこそ、不法行為や理不尽な問題が発生した際には、あえて逃げずに正面から向き合い、警察などの第三者機関を巻き込んでオープンに取り組まなければなりません。それこそが、誠実に働く善良な職員たちを守り、安全で安心な職場環境を取り戻す唯一の道なのです。

3. 医療ミスやハラスメントにも共通する「ガラス張りガバナンス」の真価

この盗難事件における教訓は、日常の医療現場で発生する「医療ミスへの対応」や「ペイシェントハラスメント対策」と完全に地続きの構造を持っています。

① 小さなミスを隠さない「是々非々」の姿勢

人間が業務を行う以上、日常的なうっかりミスや軽微な医療ミスを100パーセント無くすことは現実的に不可能です。大切なのは、「ミスが起きた後に、組織としてどう振る舞うか」という一点に尽きます。

「噂になったらどうしよう」「評判が落ちて経営に響く」という恐怖心から、ミスを隠蔽したり内々で処理しようとしたりする姿勢は、盗難事件の事なかれ主義と全く同じ心理的罠です。

初期段階で不備が発生した時こそ、組織としての姿勢が問われます。

隠そうとするのではなく、客観的な事実に基づき「是々非々」で自らの非を認め、真摯な謝罪と合理的な再発防止策をオープンに示す。必要であれば外部の第三者(医師会、顧問弁護士、専門家など)を初期から介入させ、手続きを完全に「ガラス張り(透明化)」にするのです。

② ガラス張りの対応が、悪質なクレーマーを無力化する

この「目に見えるオープンな手続き(ガラス張りのガバナンス)」こそが、実は悪質なハラスメント加害者(クレーマー)が最も嫌がる最大の防壁となります。

ペイハラを行う悪質クレーマーの多くは、病院側の「事を大きくしたくない」「穏便に済ませたい」という弱みや隙を突いてきます。1対1の密室や裏での話し合いにおいて、大声を出す、威圧的な態度を取るなどして、身勝手なワガママを通そうとするのです。

しかし、病院側が最初から以下のようなガラス張りの姿勢を貫いたらどうなるでしょうか。

  • 当院として誠実な対応と事実調査は完了しております。これ以上の不当な要求に対しては、法的・公的な手続きへと移行させていただきます。
  • 今後は個別の面談には応じかねますので、専門家などに相談されてください。当院もしっかりと公的な手続きで対応させていただきます。

このように、個人の感情やワガママが通用しない「公的で透明な手続き」の土俵に引きずり出された瞬間、ハラスメント加害者は身勝手な要求を通す余地を完全に失います。一見最も手間がかかる「ガラス張りの対応」こそが、結果として最も短時間で問題を収束させ、現場の職員を守り抜く最も堅実な危機管理となるのです。

👉 悪質なハラスメントやクレーム対応において、なぜ相手を「納得」させようとしてはならず、毅然とした姿勢で「諦めさせる」ことが重要なのか。クレーマーの心理と組織を守る実戦的アプローチを解説したブログも、危機管理の観点からぜひあわせてお読みください。『【カスハラ対策】クレーマーに「納得」を求めてはならない:元警察署長が教える「諦めさせる」実戦的病院ガバナンスとペイハラ事案収束の心理学』 (https://shibaken-poli.com/2026/07/19/%e3%80%90%e3%82%ab%e3%82%b9%e3%83%8f%e3%83%a9%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%91%e3%82%af%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%81%ab%e3%80%8c%e7%b4%8d%e5%be%97%e3%80%8d%e3%82%92%e6%b1%82%e3%82%81%e3%81%a6/

4. 労働施策総合推進法と経営トップの「明確な意志」

ハラスメント対策において、経営トップの明確な姿勢が不可欠であることは、国の法律や最新の指針においても厳しく示されています。

労働施策総合推進法に基づく公的な指針において、事業主が講ずべき第一の措置として定められているのが「事業主の方針の明確化及びその周知・啓発」です。

さらに、2026年(令和8年)2月26日に発出された、国の最新指針である厚生労働省告示「事業主が職場における顧客等からの著しい迷惑行為に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」においても、ハラスメント防止のための根本的な基本方針として、経営トップ自らが「ハラスメントを一切許容しない」という組織の方針を明確に打ち出し、それを全職員および外部に対して周知徹底することが強く義務付けられています。

法や指針が求めているのは、単なるマニュアルの作成や現場任せの対応ではありません。「内々の隠蔽」や「現場の我慢」に依存する体質を根本から改め、経営トップが先頭に立って明快な防衛方針を示し、組織一丸となって毅然とした対応をとることです。

リーダーが「職員を絶対に理不尽な被害に遭わせない」「違法行為や不当なハラスメントには一切妥協せず、オープンで公的な手続きで対処する」という揺るぎない意志と強いメッセージを発すること。この経営トップの覚悟こそが、組織全体の意識を統一し、ガバナンスの成否を左右する最大の鍵となります。

■ まとめ:毅然としたリーダーシップが、現場の安心と安全を死守する

今回の院内盗難事件の事例が教えてくれる最大の教訓は、「事なかれ主義や内々の隠蔽は犯罪やハラスメントを助長し、オープンで是々非々な対応こそが最も堅実な危機管理になる」という厳然たる事実です。

  • かつての大岡裁きのような内内処理を捨て、警察や弁護士などの第三者を巻き込んだオープンな対応を選択する。
  • ミスやトラブルが発生した時こそ、事実を隠さず、オープンな手続き(ガラス張りガバナンス)で是々非々に処理する。
  • トップが「不当な行為は絶対に許さない」という明確なメッセージを発し、組織全体の意識を統制する。

この一貫した姿勢があるからこそ、職員は「我が組織は自分たちを全力で守ってくれる」という深い安心感を持ち、誇りを持って本来の業務に専念することができます。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。講話依頼や、組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。担当者の方が個別にお悩みの場合もあるかと思いますが、秘密は厳守していますのでご心配なく、いつでもお気軽にご連絡ください。

現場の皆さまが安全で平穏な環境のもと、安心して患者さんと向き合える環境を、共に創り上げてまいりましょう。

本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdff

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