■ 導入:現場の平穏と職員の安心を守るために奮闘される皆さまへ
地域医療の最前線において、日々患者さんの命と健康を守るため、医療・介護の提供に尽力されている病院長や理事長、事務長をはじめとする経営陣・管理職の皆さまに、心より敬意と感謝を申し上げます。また、現職時代の豊かな経験を携え、第二の人生として医療現場の安全と平穏を守るために日々汗を流されている警察OBの皆さまにも、元警察官の同朋として心からの感謝とエールを送ります。
医療現場において、患者さんやご家族からの理不尽な暴言、執拗な不当要求、いわゆる「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」や各種トラブルへの対応は、職員の心身を深く疲弊させ、本来集中すべき医療提供体制そのものを根底から揺るがす深刻な課題となっています。こうした現場の危機管理やセキュリティ向上、警察機関との円滑な連携を図る目的で、警察OBを採用されている病院・医療法人は少なくありません。
ここで事前にお伝えしたいのは、本ブログは「警察OBをもっと積極的に採用しよう」という警察OBの登用推進キャンペーンでもなければ、ましてや「病院経営陣の警察OBの運用方法が間違っている」と経営を非難・批判する目的で書いたものでもありません。
私が本ブログでお伝えしたい真の目的は、警察OBという心強い存在を一つのきっかけとしつつ、「適材適所で組織が機能するガバナンス(統治機構)」を構築することです。そして、現場から本来排除されるべき理不尽なハラスメントを未然・初期段階で遮断し、医師や看護師、受付スタッフの皆さまが不安なく「本来の医療・看護業務に心ゆくまで専念できる職場環境」を創り上げること、これこそが私が日々現場をお手伝いする中で抱いている切なる願いです。
なお、これからお話しする内容は、あくまで私自身の拙い過去の警察官経験や、現在さまざまな医療機関・法人様の現場を拝見する中で感じている「私見(主観)」に過ぎません。現場で日々誠心誠意ご活躍されている警察OBの皆さまや病院関係者の皆さまの取り組みを否定する意図は一切なく、組織の安全管理をより高次元へと進化させるための「ひとつの提言・選択肢」として温かく受け止めていただければ幸いです。
このブログを読むことで、トラブル対応が個人プレイ(属人化)依存になるリスクを多角的に理解し、現場で発生した事案を組織全体の改善・成長へと繋げ、誰もが生き生きと働けるガバナンス構築のヒントをご理解いただけます。
1. 病院における警察OBの現状と「属人化」の構造
多くの大病院や中規模病院において、元警察官である職員が配置されて。彼らがいるところが増えてきています。ところが、その担っている役割は、現職時代の経歴や個人の得意分野、病院側が求めるニーズに応じて実に多岐にわたっています。
事務作業を中心に担当している方もいれば、万が一の事態が発生した際に警察署とのパイプ役(繋ぎ役)として在籍している方、さらには患者さんの搬送業務、駐車場の交通整理、院内の巡回ガードなど、現場の第一線で汗を流している方もいらっしゃいます。そして最も期待されている役割が、院内で患者やご家族との間に摩擦やトラブル、ハラスメントが発生した際の「初期対応・鎮静化」です。
① 「現場の駆け込み寺」という大きな安心感
何かトラブルが起きた際、強烈な威圧感を持つクレーマーに対して、経験豊富な警察OBの担当者が前面に立ち、見事に相手を落ち着かせて事案を収めてくれる。これは、現場で働く看護師や受付スタッフにとって、非常に大きな心理的安心感となっています。
「困った時はAさん(警察OB)に頼めば何とかしてくれる」
この体制自体は、初期消火や職員のストレス軽減として非常に有意義なアプローチです。しかし、私が現場をお手伝いする中で感じてきたのは、この素晴らしい活躍が「Aさんという特定の個人の技術や度量」に依存しきってしまい、病院組織としての仕組み(ガバナンス)に還元されないまま終わってしまうケースが少なくないという現実です。
② 個人の手腕から「組織の知見」への昇華を目指して
警察OBは、長年の警察官人生において、数多くの事件や民事介入暴力、トラブル処理、危機管理の現場をくぐり抜けてきています。その根底には、法律知識や人間の行動原理に対する深い洞察、組織統治に関する豊富なノウハウが蓄積されています。
しかし現実には、彼らの素晴らしい能力が「起きてしまったトラブルの後始末」という目の前の消火活動だけに追われ、病院全体のルール作りや経営陣へのリスク提言といった「組織全体の安全設計」に関われていない事例をよくお見かけします。
経営陣も「現場のトラブルさえ丸く収めてくれれば助かる」と考え、警察OB側も「自分の仕事は現場のトラブルを納めることだ」と割り切ってしまう。双方のこの意識のすれ違いは非常にもったいなく、もしここが上手く噛み合えば、病院のガバナンスは劇的に向上し、より確たる安心感が生まれるのではないかと、私個人として強く感じています。
2. 事案を「その場だけ」で終わらせることで生じる懸念
警察OBの個人的な手腕に頼り切り、事案をその場だけで解決して終わらせてしまうスタイルには、組織の長期的運営において注意すべき構造的リスクが存在すると、私は捉えています。
① 対応基準のブレと長期的適法性の確保
一つ目の懸念は、対応の基準が「その時々」「その担当者個人」によって微妙に異なってしまい、組織としての対応の一貫性が保ちにくくなる点です。
個人に任せきりの対応では、目の前の騒ぎを早く収めたいという心理が働くあまり、本来であれば病院側が主張すべき正当な権利を退けてしまったり、逆に病院側に明確な不手際や医療ミスがあるにもかかわらず、相手を力で抑え込もうとしてしまったりする危険性が潜在的に存在します。
短期的な平穏が得られたとしても、長期的・俯瞰的な視点から見た「病院側の適法性」や「対応の安定性」が揺らいでしまうと、将来的に「人によって言うことが違う」といった更なる追撃を受ける原因にもなりかねません。
② 「成功事例(対応要領)」と「トラブル原因」という二つの知見の散逸
二つ目の大きな懸念は、警察OBの優れた対応によって得られた「汎用性のある好事例の対応要領」や「トラブルの根本原因に関する改善」が、組織全体へフィードバックされないまま個人の中に留まってしまう点です。
警察OBが見事にトラブルを鎮静化させた際、そこには「どのような言葉がけをして相手の毒気を抜いたのか」「どのような法理や規約を根拠に相手の不当要求を断念させたのか」という、他の職員にとっても極めて汎用性の高い「成功事例(適切な対応要領)」が存在しています。
しかし、属人的な解決で終わってしまうと、その素晴らしい対応要領が組織全体へ共有されず、一般職員のスキルアップや院内マニュアルの改善に還元されません。
同時に、私が過去に数多くのご相談をお受けする中で常々感じているのは、「現場で発生するクレームや不当要求は、組織の脆弱性を教えてくれる貴重なフィードバックである」ということです。
- 受付や看護師の何気ない一言や、説明不足などの接遇上の不備
- 待ち時間の長さや説明フローなど、院内システム・運用の非効率さ
- 診療契約や重要事項説明書におけるルール明記の曖昧さ
- 職員間の連携不足による「情報の目詰まり」
現場の警察OBが個人プレイでトラブルを綺麗に片付けてしまうと、現場の職員や経営陣は胸を撫で下ろすだけで終わってしまいます。「なぜそのトラブルが起きたのか」「どう対応すれば他の職員も上手に解決できるのか」という、好事例の共有と根本原因の分析という双方向のフィードバックが行われず、組織としての学習や成長の機会が失われてしまうのです。
👉 院内で発生する長時間のクレームや居座り事案に対し、どのように主導権を奪還し、組織的に解決へ導くべきか。現場での具体的な対応テクニック(複数対応や録音の活用など)を解説したこちらのブログも、実践的な対応要領の構築に向けてぜひあわせてお読みください。『【カスハラ対策】長時間のクレーム・居座りを終わらせる実務:元警察署長が伝授する「複数対応」と「録音」による主導権奪還の方針』 (https://shibaken-poli.com/2026/07/20/%e3%80%90%e3%82%ab%e3%82%b9%e3%83%8f%e3%83%a9%e5%af%be%e7%ad%96%e3%80%91%e9%95%b7%e6%99%82%e9%96%93%e3%81%ae%e3%82%af%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%83%bb%e5%b1%85%e5%ba%a7%e3%82%8a%e3%82%92%e7%b5%82/)
3. 適材適所のガバナンスを実現するための双方向アプローチ
では、現場の警察OBと病院経営陣は、どのように協力して適材適所のガバナンス体制を構築していくべきでしょうか。私自身の経験から導き出した具体策をご提案します。
① 警察OBに求められる姿勢:能動的な働きかけと多角的な法的研鑽
警察OB自身も、「現場で起きたトラブルを収める交渉人」「指示を受けたことだけをやっておけば、今さら(定年退職後)自分があくせくすることはない」という限定的な意識にとどまるのではなく、組織防衛のプロフェッショナルとして、現場で得た好事例やリスク分析を経営陣へ自ら能動的に届けていく姿勢が期待されます。
現場に任せっぱなしの状況をよしとせず、「今回の対応で有効だったやり方を全体にマニュアル化しよう」「この原因を解消しなければ同様の事例が再発する」といったフィードバックや改善提案を、警察OBの側から積極的に経営幹部へ働きかけていくアプローチです。ここでもやはりコミュニケーションによる情報共有は重要なのです。
そのためには、現職時代の経験に甘んじることなく、多角的な法的知見を日々研鑽する努力が欠かせません。
現職の警察官時代は刑法や刑事訴訟法といった「刑罰法令」の適用が中心となりますが、病院の危機管理やペイハラ対策においては、民事・行政法規を含む極めて広範な知識が求められます。
- 厚生労働省告示「事業主が職場における顧客等からの著しい迷惑行為に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2026年・令和8年2月26日発出)をはじめとする行政指針や各種ガイドライン、医療法・医師法等のアップデート
- 組織防衛や契約関係の根幹をなす民法、商法、会社法などの基本法、および民事訴訟法や民事保全法といった手続き法規
- 医療事故・過失が発生した際の判例動向、裁判所の判断傾向、業務上過失致死傷罪の構成要件や学説研究
このように、危機管理において学ぶべき領域にはゴールがありません。常に自らの知見をアップデートし続ける研鑽があって初めて、経験と多角的な法的知識、人間の行動原理、院内規定を統合し、現場と経営をつなぐ説得力ある提案が可能になります。
② 経営陣に求められる姿勢:現場任せの脱却と「情報共有システム」の構築
病院経営トップである病院長や理事長、事務長側にも、意識改革と具体的な環境整備が求められます。
警察OBが持つ現場感覚やリスク分析を真摯に「傾聴」することは極めて重要ですが、それ以前の根本的な問題として、現場への「任せっぱなし」や「情報共有の不在」、日常的なコミュニケーション不足という壁が存在しています。ぜひ、院長が警察OBへの声掛けから始めてもらえば院内のガバナンスも大きく変わってくるのではと思います。
経営陣は単に警察OBの分析を待つだけでなく、現場で起きたトラブルやヒヤリハット、そして警察OBが見せた好事例の対応要領が隠れずに上がってくる「報告・連絡・共有システム(情報伝達の仕組み)」を組織として意図的に構築しなければなりません。
- 現場任せの姿勢を改め、トラブルの裏にある構造的問題や成功事例を共有・解決する意思を明確に示す。
- 警察OBと経営幹部、医療現場が定期的に意見交換を行えるコミュニケーションの場(危機管理委員会や安全対策会議等)を設ける。
- 警察OBからの分析報告や提案を受け止め、接遇マニュアルの改訂や院内システム変更に必要な予算と決定権を与える。
経営トップが先頭に立って「現場の異変や好事例を共有し、組織運営に反映させる仕組み」「ハラスメントゼロへの再発防止策」を作り上げる行動を起こすこと。そして警察OBがその仕組みを活用して積極的に現場の知見を吸い上げ、提言すること。この双方向からの意識改革と行動こそが、堅牢なガバナンスを敷く最大の鍵となります。
4. ペイハラ対策こそが病院ガバナンスの集大成である
私は現在、元警察署長としての経験を活かし、医療機関だけでなく一般民間企業の顧問として数多くの法人のリスクマネジメントやガバナンスに関する相談に乗っております。
企業の現場では、日々多種多様な問題が発生します。その際、単に「相手を怒らせないようにする」という精神論(アンガーマネジメント等)だけで問題を解決することは困難です。
- 人間の行動原理をどう分析するか(相手の心理と狙いの見極め)
- 法律や行政指針に照らして、こちらの対応にどんな正当性・適法性があるか
- 自社の規定・規約・マニュアルのどこを改善すべきか
- 現場のシステムや運営体制、考え方をどうアップデートするか
これらの要素を総合的に扱い、組織全体を適材適所で機能させていく営みこそがガバナンスであり、その要素が最も凝縮して現れてくる場面こそが、まさに「ペイシェントハラスメント対策」であると私は確信しております。
日常の小さなクレームや不満の芽、そして現場で生み出された好事例の対応要領を組織として共有し仕組みを変えていくアプローチは、巡り巡って「医療ミスや医療事故の未然防止」「職員の離職防止」「採用力の強化」という、病院経営における最大の成果となって結実します。
警察OBという頼もしいリソースを、単なる「現場の防波堤」にとどめておくのはあまりにも勿体ないことです。彼らを危機管理の司令塔や情報収集の要として適材適所に位置付け、現場の事案や成功要領を組織運営の改善へと繋げる風通しの良いガバナンスを構築すること。これこそが、排除されるべき理不尽なハラスメントを遠ざけ、患者さんも職員も安心して過ごせる最高の医療環境を作るための着実なルートではないでしょうか。
■ まとめ:組織の仕組みを変える決断が、現場の未来を創る
今回のテーマである「警察OBの活かし方と病院ガバナンス」を通して私がお伝えしたかった最大のメッセージは、「警察OBを増やす・増やさないという議論や手法の賛否ではなく、トラブル対応を個人の手腕だけに委ねる属人化から一歩進み、事案や好事例の対応要領を組織全体の改善へと還元するガバナンスを機能させることが、すべての職員が医療に専念できる環境を守る」という考え方です。
- 警察OBを単なるその場しのぎの対応要員にとどめず、ペイハラ対策や安全管理の要として位置付け、警察OB側からも経営陣へ積極的に分析・提言を行う。
- 経営陣は現場任せの姿勢を改め、情報共有システムや定期的なコミュニケーション環境を構築し、警察OBの提言や好事例を真摯に傾聴・共有する。
- 警察OB自身も刑罰法令だけでなく、民事法・行政指針・判例・学説にいたるまでゴールなき研鑽を重ねる。
- トラブルの裏にある原因を分析し、同時に汎用性のある対応要領をマニュアル化してフィードバックすることで、理不尽なペイハラを組織的に排除する。
警察OBが持つ現場力・研鑽力と、経営陣の強いリーダーシップおよび環境整備が上手く噛み合った時、病院は理不尽なハラスメントに屈しない強い組織へと生まれ変わります。
私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院や各種法人で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。
「自院の安全管理部門や警察OBの役割が空回りしていないか、ガバナンスの観点からプロの目で点検してほしい」「現場のトラブルや成功事例を組織改善へ繋げる情報共有の仕組みを構築したい」「経営陣や警察OB、職員向けに、実務に即したガバナンス研修を行ってほしい」など、組織の安全管理やハラスメント対応でお困りのことやご相談になりたいことがございましたら、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。担当者の方が個別にお悩みの場合もあるかと思いますが、秘密は厳守していますのでご心配なく、いつでもお気軽にご連絡ください。
皆さまの病院が、職員の皆さまも患者さんも心から安心できる最高の職場環境・医療空間となりますよう、全力でサポートしてまいります。
本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
