【合理的な差別化】元警察署長が教える!ペイハラを防ぐ「正しい特別扱い」の境界線と防衛策

読者の皆様、日々医療の最前線で患者さんと向き合い、大変なご苦労をされていることと思います。患者さんごとに対応の差をつけることは「えこひいき」であり、悪いことだと思い込んでいないでしょうか。実はこのブログを読むことで、長年の信頼関係に基づく「対応の差」は医療現場において当然のことであり、それをペイハラ(ペイシェントハラスメント)対策として機能する「合理的な差別化」へと昇華させる具体的な方法が明確にわかります。悪意ある要求に屈する不当な特別扱いをどう断ち切り、本当に信頼できる患者さんへの柔軟な対応をどう守っていくか。現場の優しさが組織の首を絞めることのないよう、実態に即した実践的な知恵と防衛策をお伝えします。

目次

医療現場で最も多い「静かな失敗」とは

私はこれまで、数多くの病院やクリニックから患者対応の相談を受け、研修を行ってまいりました。そこで気づくのは、職員一人ひとりのスキルや経験に差はあっても、組織が陥る失敗のパターンは非常に似通っているということです。

その中で最も多いのが、大きな声を出す相手や執拗な要求をする相手に対し、「機嫌を損ねたくない」という気持ちが先行し、相手が落ち着く方向の対応ばかりを積み重ねてしまうパターンです。この対応の恐ろしいところは、対応した職員自身に「相手に屈した」という自覚がないことです。むしろ、「その場を荒立てずに上手く収めた」という成功体験として記憶されてしまいます。しかし、数か月、数年と経つうちに、気づけばその特定の患者さんにだけ、他の患者さんとは全く異なる不当な便宜が図られている状態が出来上がってしまいます。これを私は「静かな失敗」と呼んでいます。

実際に私のもとに寄せられたクリニックからの相談も、まさにこの形でした。ハラスメントに発展してしまった、特定の患者さんに対してだけ、薬の処方日数を長く設定したり、来院時間のルールを融通したり、待ち時間を短くするような扱いが常態化していました。しかし、その対応を始めた職員に話を聞くと、出発点は決して悪意や怠慢ではなく、「この患者さんの事情に寄り添ってあげよう」という純粋な善意だったのです。医療従事者の持つ優しさや責任感が、結果としてペイハラを助長する隙を生んでしまうというジレンマがここにあります。

過去を否定せず「不当な特別扱い」を解消する極意

では、要求の強い患者に対してすでに出来上がってしまった「不当な特別な便宜」をどのように解消すればよいのでしょうか。私が現場で行った指導のポイントは、大きく二つあります。

第一のポイントは、「これまでやってきた対応を何ら否定する必要はない」ということです。先述の通り、特別な対応は職員の寄り添う気持ちから生まれたものであり、悪意で行われたものではありません。ここで病院側が「今までの対応は間違いでした」と患者さんに伝えてしまうと、説明が単なる謝罪や自己弁護になり、患者さんから「自分が間違っていたくせに、今更なんだ」とかえって足元をすくわれることになります。これまでの動機の正しさは守りつつ、これからの取り扱いだけを変えるという姿勢を貫くことが重要です。

第二のポイントは、対応を変える理屈を「外部的な要因」と「公平性」に求めることです。「私たちの考えが変わったのでやめます」と言うのではなく、「私たちを取り巻く外部の状況が変わったので、今まで通りの対応ができなくなりました」と説明するのです。

これは決してその場しのぎの言い訳ではなく、事実に基づいた説明です。具体的なエビデンスを挙げましょう。2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法により、患者等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスハラやペイハラ)に対する対策が、ついに事業主の措置義務として明確化され、いよいよ2026年10月1日から施行されます。この法律は労働者を1人でも雇う全ての事業主が対象であり、猶予期間はありません。

さらに、厚生労働省が2026年2月26日に示した指針では、組織としての方針の明確化と周知、相談体制の整備、事後対応の徹底、そしてプライバシー保護や不利益取扱いの禁止などが具体的に定められています。罰則こそ直ちにはないものの、行政による助言や指導、さらには三重県のカスハラ条例には企業名の公表という厳しい措置があり、何より労働契約法第5条に基づく安全配慮義務違反として、職員から病院側が損害賠償を請求されるリスクも飛躍的に高まっています。

こうした社会情勢と法的な背景を盾にして、「他の患者さんにできることはこれまで通り精一杯行いますが、ルールとしてできないことは、今後はどなた様にもできません」という説明を重ね、不当な特別扱いを解消していくのです。

信頼関係に基づく「対応の差」は当然であり現実的である

一方で、これまでの便宜を解くことを「全患者に対して一律に、完全に同じ機械的な対応をすること」と取り違えてしまうと、医療現場はたちまち回らなくなります。

実際の医療現場では、長年通院しているかかりつけの患者さんに対して、時間外の対応を少し融通したり、診療の順番や薬の処方日数について便宜を図ったりすることは日常的に行われています。そして、結論から言えば、患者さんによって対応に差が生じるのは「当然のこと」であり、決して悪いことではありません。

なぜなら、そこには確固たる「信頼関係」が構築されているからです。長期にわたって通院している患者さんは、日頃から病院のルールや事情をよく理解してくれています。もし病院側が全体の状況を判断して「今日はどうしても対応できません」「今回はご要望に沿えません」と伝えたとしても、「はい、わかりました。先生たちも大変ですね」と素直に引き下がってくれることが見通せます。

つまり、お互いに無理を強いない、状況を理解し合えるという安心感があるからこそ、病院側も「この患者さんのためなら、できる限りの便宜を図ってあげよう」と柔軟に対応することができるのです。断ったときに素直に引き下がってくれるという「双方向性」こそが信頼関係の実態であり、この信頼関係の現れとして対応に差が出ることは、地域医療を支えるうえで極めて現実的で真っ当な姿なのです。

ペイハラを防ぐ「合理的な差別化」と本音・建前の使い分け

しかし、まさにその「対応の差」が、ハラスメント気味の患者さんやそのご家族につけ込まれる最大の隙となります。「あの人にはやっているのになぜ自分にはやらないんだ」「今までは特別に診てくれたじゃないか」というのは、不当な要求をする際の典型的な話法です。

ここで重要なのは、対応の差を否定するのではなく、その差をペイハラ対策としても通用する「合理的な差別化」として説明できるようにしておくことです。

注意しなければならないのは、第三者に対して「あの患者さんとは信頼関係があるから特別にやっているのです」と直接的に説明してはならない、ということです。もしそんなことを言えば、言われた側は「では、私とは信頼関係がないと言うのか」「私を信用していないのか」と激怒し、火に油を注ぐ結果になります。

現場の実態としての本音は「信頼関係の有無」であっても、それを他者に説明する際の「公式な根拠」は、常に「病状と今までの経緯を踏まえた医学的判断」に置かなければなりません。長年通院している患者さんと初診に近い患者さんで対応に差が出るのは、過去の受診歴から病状の変化や生活環境を医学的に把握できているからこそ、例外的な対応が可能になるという「合理的な差別化」なのです。

この考え方の強力な根拠となるのが、令和元年12月25日に発出された厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号)です。この通知では、医師が診療を断れる正当な理由として、最も重要な考慮要素を「緊急対応が必要か否か(病状の深刻度)」としています。そのうえで、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されると明記されています。

同じ「特別な対応」でも、これまでの経緯と病状から「病院側が必要と判断して」行う合理的な差別化と、患者の強引な態度に押されて「要求に従う形で」行う不合理な差別化は、外見が似ていても全くの別物です。前者はカルテに堂々と医学的理由を記録でき、他の患者さんにも説明がつきますが、後者は記録すらできません。

現場の運用が「合理的な差別化」として適切かどうかを見極めるための、自己点検の視点を挙げます。

1.起点:臨床的な判断から病院側が提案して始まったか、患者の要求の強さに負けて始まったか。

2.説明可能性:なぜその対応をしているのか、「病状と経緯に基づく医学的な判断です」と堂々と説明できるか。

3.記録:カルテや業務日誌に、医学的な理由とともにしっかりと記録が残っているか(できるだけ残すという意識で大丈夫です)。

4.可逆性:病院側から「今回はできません」と断ったときに、相手が素直に引き下がってくれるか。

この可逆性が担保されているからこそ、医療機関は安心して「合理的な差別化」を行うことができるのです。断った途端に激高するような相手には、最初から例外的な対応をしてはいけません。

実践編:時間外受診を求める患者への対応例

ここからは、より具体的な実践例をお話しします。古くから地域に根ざし、以前は夜中でも柔軟に患者さんを診ていたある病院からの相談事例です。

この病院では、時間外や土日でも患者さんが訪れますが、院内には最低限の当直職員しかおらず、急変対応のための体制しか取っていません。そこに、ドアを激しく叩き続け「すぐに出てきて診てくれ」「今までは診てくれたじゃないか」「他の患者にはそうしていると知っているぞ」と主張する患者さんが現れます。現場の肌感覚として、こういう無理な要求をする方に限って、過去の受診歴が非常に浅く、十分な関係性が築けていないことが多いのです。

このような場面では、先ほどの「本音(信頼関係)と建前(医学的判断)」を使い分け、自分たちの対応が「合理的な差別化」であることを前提とした想定問答を準備して、毅然と対応することが求められます。

質問「なぜ自分は時間外に診てもらえないのか」 回答「当院は、時間外は原則として外来診療を行っておりません。そのうえで、日頃から通院されており、今までの経緯や病状を継続して把握できている患者さんについては、医師が医学的に必要と判断した場合に限り対応することがあります。しかし、必要でないと判断した時は同じようにお断りしております。あなたはまだこれまでの経緯を十分に把握できていない段階ですので、原則どおりのご案内となります。もし急を要するご体調であれば、地域の救急医療機関をご案内いたします」

質問「他の患者にはやっているじゃないか。今までは自分にもやってくれた」

回答「対応がすべての方で一律ではないのは、ご指摘のとおりです。当院は、それぞれの患者さんの今までの経緯やご体調、治療上の必要性を踏まえて、その都度、時間外の対応が必要かどうかを医師が判断しております。同じ患者さんであっても、必要と判断する時としない時があります。ご要望を強く言われたから特別に診るというものではなく、そこは他の患者さんも全員同じ扱いです」

この対応の重要なポイントは3点あります。

第一に、対応の差が存在すること自体は否定しないこと。ここで嘘をつくと相手に攻め込まれます。

第二に、対応を決める基準が「私への信頼関係」や「要求の強さ」ではなく、あくまで「今までの経緯と病状に基づく医学的判断」という客観的で合理的なものであると一貫して示すこと。実質は信頼関係があるかないか、どの程度なのかということにつきるのですが、そこは基本的な対応をせざるを得ない相手にはなかなか説明して通じるものではありません。

第三に、ただ冷たく断るだけで終わらせず、救急医療機関の案内など具体的な代替案を提示することです。補完措置、代替措置を一言添えることも、対応接遇として大事です。

法的リスクを回避し、組織を守るための事前準備と判例解説

毅然とした対応をとるためには、法律や過去の裁判例がどのような基準を示しているかを知っておくことが、現場の強力な武器になります。

ここで絶対に注意しなければならないのは、患者の命に関わる「緊急性」がある場面での判断は、現在でも極めて厳格だということです。例えば、満床を理由に小児の受け入れを断り、結果的に死亡に至った事案において約2700万円の損害賠償を命じた千葉地裁の昭和61年7月25日判決や、救命救急センターの受け入れ拒否を応招義務違反として150万円の慰謝料を認めた神戸地裁の平成4年6月30日判決などが存在します。「時間外だから」「日頃の態度が悪くて信頼関係がないから」という理由は、一刻を争う緊急対応が必要な場面では決して通用しません。

逆に言えば、緊急性がない場面においては、医療機関側が合理的な基準に基づいて毅然と対応することが認められています。しかし、正当な理由で診療を拒否したり、要求を断ったりしたという事情を証明する責任は、すべて医療機関側にあります。いざトラブルになったとき、客観的な証拠がなければ組織を守ることはできません。したがって、法改正による義務化を待つことなく、今すぐに以下の3点に着手する必要があります。

第一に、患者の迷惑行為の日時、具体的な態様、そしてそれによって他の業務にどのような支障が出たかを、カルテや業務日誌に客観的事実として逐一記録し、保存しておくこと。これが「合理的な差別化」の根拠となります。

第二に、組織としての基本方針を院内に掲示したり、ホームページで事前に公表したりしておくこと。掲示する文言は、厚労省通知の枠組みに沿って「診療の基礎となる信頼関係が破綻したと判断した場合、新たな診療に応じられないことがあります」といった表現にしておくのが安全です。

第三に、現場の職員が迷わないよう、判断基準と初動手順を含むマニュアルを整備し、定期的に研修を行って組織全体で共有することです。

まとめと結びの言葉

本ブログでは、医療現場における患者対応の実態と、ペイハラ対策として機能する「合理的な差別化」について~実務においては程度の差はあっても必ず存在するもの~解説してきました。患者さんごとに取り扱いの差が生じることは日々の現実であり、信頼関係に基づく柔軟な対応は、地域医療を支える素晴らしい要素です。

問われているのは、その対応の差が「声の大きさ」や「クレームへの恐怖」によって引き起こされた不合理なものなのか、それとも「病状と今までの経緯という医学的判断」に基づいた合理的なものなのかという一点に尽きます。対応の差が存在する以上、悪意ある者には必ずそこをつけ込まれます。だからこそ、現場の対応を画一化して差を無くそうとするのではなく、なぜこの人にはこの対応をしているのかを、客観的な記録と組織の判断として明確に説明できる状態を整えることが重要なのです。

基準が明確になれば、理不尽な要求は判断材料から除外され、現場の職員は本来の優しい善意を手放すことなく、毅然とした対応をとることができるようになります。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。

👉 過去の関連記事はこちら 「毅然とした対応をとることは、患者さんに寄り添っていない冷たい対応なのではないか?」と葛藤を抱える医療従事者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ごく一部の迷惑な患者さんに毅然と対応することこそが、その他99%の善良な患者さんにしっかりと寄り添い、守ることにつながるのです。目的は同じ「患者さんを大切にする」こと。その真意について詳しく解説した過去の記事も、ぜひあわせてご覧ください。 【医療者の葛藤】患者への毅然とした対応は悪なのか?99%の患者を守るハラスメント対策の真実https://shibaken-poli.com/wp-admin/post.php?post=1552&action=edit※ここにブログのURLを貼り付けてください)

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

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