患者さんやご家族から突然「訴えてやる」と告げられたとき。あるいは、実際に予期せぬ医療事故が起きてしまったとき。医療機関の皆様は強い不安と緊張に包まれ、どのように対応すべきか途方に暮れることでしょう。対応を一つ間違えれば、長引く法的紛争や、近年社会問題化しているペイシェントハラスメント(以下、ペイハラ)へと発展しかねません。
本ブログでは、これまで警察官として数多くの医療トラブルの相談を受け、現在は医療機関からの相談対応や研修講師として紛争の最前線に関わり続けている私が、トラブルのその後の展開を大きく分ける「初期対応の極意」について解説します。
特に現場が最も頭を悩ませる「原因が分からない段階で謝ってよいのか」という問題と、「毅然としたペイハラ対策と、初期の対話は矛盾するのではないか」という現場の疑問に焦点を当てます。患者さんの怒りや悲しみに寄り添いつつ、組織の正当性をしっかりと担保する「限定謝罪」という具体的な解決策をお伝えしますので、このブログを読むことで、現場の職員が自信を持ってトラブルに対応できる仕組みづくりのヒントが必ず得られるはずです。
福岡で起きた2つの歯科事案から学ぶ「閉ざされた対話」の代償
私が長く頭から離れず、また事案分析と解決の設計を行う上で常に原点として立ち返る2つの事案があります。
一つ目は、2000年6月に福岡市の小児歯科医院で起きた事案です。虫歯の治療を受けた2歳の女児が、麻酔によるショックが原因で亡くなりました。この医院は処置ごとに担当が変わる「分担医制」をとっており、治療に関わった歯科医師ら6名に理事長を加えた7名が書類送検されました。うち5名が不起訴となり、最終的に、実際に歯を削った歯科医師は無罪となりましたが、理事長には「医師らを指導監督する義務を怠った」として罰金30万円の有罪判決が下されました。この判決に至るまで、実に6年という長い年月を要しています。
二つ目は、2017年7月に同じ福岡県の春日市で起きた事案です。局所麻酔を用いた約1時間の虫歯治療を受けた当時2歳の女児が容体を急変させ、2日後に急性リドカイン中毒による低酸素性脳症で亡くなりました。この事案で刑事責任を問われたのは、麻酔を打った歯科医師ではなく元院長でした。ご両親から繰り返し異変を訴えられていたにもかかわらず、状態を十分に確認しなかった点が認定され、1審・福岡地裁は2022年に禁錮1年6か月・執行猶予3年の有罪判決を下しました。その後、2024年に福岡高裁が控訴を棄却し、2026年4月24日、最高裁が上告を棄却して有罪が確定しました。事故発生から約9年もの歳月が流れています。
私がここで着目したいのは、裁判の判決そのものではありません。2つの事案に共通する「目の前の親の必死の訴えを聴かなかった」という構図です。そしてこの構図は、事故の瞬間だけでなく、事故後の対応においてもまったく同じように繰り返されます。
古い方の事案では、発生から1か月も経たない時期に、医院側の代理人弁護士が医院内で「因果関係はない」「事件にはならない」と説明している音声が報じられました。幼い我が子を亡くし、何が起きたのか分からず立ち尽くしているご遺族がいるまさにその時期に、医療機関の内側ではそのような言葉が交わされていたのです。この圧倒的な落差と対話の拒絶が、事態をより深刻で修復不可能なものにしてしまう最大の要因です。
データが語る「紛争になったあと」の厳しい現実
初期対応がこじれ、法的紛争に発展した後には、どのような厳しい現実が待っているのでしょうか。最高裁判所が公表している医事関係訴訟に関する統計(令和6年は速報値)の数字を見ると、その過酷さが浮き彫りになります。
まず、令和6年の地裁における新受件数は661件、既済件数は682件となっています。一般の民事訴訟の平均審理期間が9.2か月であるのに対し、医事関係訴訟は24.7か月と、約2.7倍もの時間がかかります。先ほどの歯科事案で6年、9年を要したように、医療トラブルはひとたび法廷に持ち込まれると、医療従事者の精神と時間を長期間にわたって奪い続けます。
次に、医事関係訴訟における原告(患者側)の請求が認められる割合(認容率)は17.5%にとどまります。一般の民事訴訟の87.5%とは比べものになりません。そして、終局区分を見ると、和解が51.0%を占め、判決に至るのは37.2%です。
つまり、多額の費用と2年以上の長い時間を費やした末に、過半数は結局「話し合い」で終わっているのです。最初から真摯な対話に応じていれば防げたかもしれない争いに、膨大なコストが支払われているのが現実です。
なお、令和6年の地裁における診療科目別の既済件数を見ると、内科(184件・27.2%)に次いで、歯科は93件(13.8%)で第二位となっています。続いて外科76件、整形外科65件、形成外科42件と続きます。歯科も決して訴訟と縁遠い分野ではないことを肝に銘じておく必要があります。
遺族はどこに相談しているのか?制度が示す対話の不足
日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)のデータにも、見過ごせない事実が隠されています。
2015年10月の制度開始から2025年12月末までの累計で、同期間に報告された医療事故は3,633件でした。そしてセンターへの相談件数は、医療機関側からが9,061件であるのに対し、ご遺族等からの相談は9,188件と上回っています。この制度は本来、医療機関が自ら報告し、院内調査を行い、その結果をご遺族に説明する仕組みです。それにもかかわらず、ご遺族の側が自ら外部機関に助けを求めている件数の方が多いのです。
これは、院内で十分な説明を受けられなかったご遺族がそれだけ多いということの裏返しに他なりません。医療法第6条の10では、医療事故をセンターに報告するにあたり、あらかじめ遺族に説明しなければならないと定めています。さらに厚生労働省の通知では、医療事故に該当しないと判断した場合であっても、その理由を分かりやすく説明することとされています。遺族への説明は「してもしなくてもよい配慮」ではなく、法律上の義務なのです。
「人対人」の原理と、医療トラブルが警察へ持ち込まれる本当の理由
私は長年、警察官として数多くの事件やトラブルに対応してまいりました。その中で、他の誰もが敬遠するような困難で複雑な事件であっても、刑事という立場で誰よりも多く最前線で手がけてきたという自負があります。
その長年の経験から導き出された、人間の行動原理に関する一つの確固たる経験則があります。それは、「事案の初期段階で、責任者がご本人やご遺族と真正面から向き合い、しっかりと対話を尽くしていれば、警察への被害届に至る事態は高い確率で防げたはずだ」という事実です。
人間の行動の原点には、一定の心理や感情のメカニズムが強く働いています。人は、自らの深い悲しみや怒り、あるいは純粋な疑問に対して、「誠実に向き合ってもらえなかった」「無視された」「組織の冷たい論理で片付けられた」と感じたとき、その行き場のない感情を法的な手段や警察への訴えという形で爆発させます。
どのような立場であっても、あるいは医療機関という高度に専門的な組織であっても、社会の基本原理は最終的に「人対人」の関わり合いに行き着きます。この人間社会の普遍的な原理から逃れることは誰にもできません。誠意を持って向き合ってもらえなかったという「閉ざされた体験」こそが、患者さんやご遺族を警察へと押し出していく最大の要因となっているのです。
警察庁の資料によれば、医療事故関係の届出等について、立件送致・送付された件数は、平成9年に3件、平成11年に10件、平成13年に51件、そして平成16年・17年には91件と推移しています。また、警察に届出等が行われた件数の合計は、1999年の41件から2004年には255件へと、5年間で6倍以上に増えました。
医師法第21条の異状死届出義務は限定的に解釈されており、医療機関側から警察に届け出るケースは限られます。実際に捜査の端緒となるのはご遺族による被害届が大半であり、警察の門を叩くのはご遺族の側なのです。
「説明を求めても会ってもらえない」「あいまいな返答しかされない」「突然、窓口が代理人の弁護士に一本化された」。こうしたやりとりの果てに、「誰も真実を語ってくれないなら、警察に事件として扱ってもらうしかない」という絶望的な結論にたどり着く。刑事事件になれば、医療機関は何年も捜査対応を余儀なくされ、報道や行政処分のリスクも生じます。その入り口が初期の数日、数週間の対応にあったとすれば、これほど惜しいことはありません。
被害者が本当に求めているものと「窓口一本化」の落とし穴
被害を受けた患者さんやご遺族は、本当は何を求めているのでしょうか。厚生労働省の検討会資料にも引用されている「医療事故に遭った人達の願い」という五つの項目が、私の現場での実感と見事に一致します。
第一に「原状回復」、第二に「真相究明」、第三に「反省謝罪」、第四に「再発防止」、そして第五に「損害賠償」です。
損害賠償は一番最後であり、その前に真相究明や反省謝罪が来ています。医療事故では原状回復が不可能だからこそ、真相があいまいにされることが二重の苦しみを生みます。「自分は悪くなかった」という弁解や、心からの反省の言葉がないことが、患者側をさらに深く傷つけるのです。
参考までに、平成17年度に医療安全支援センターに寄せられた苦情26,573件の内訳を見ると、医療内容に関するものが11,323件で最多、次いで従事者の接遇に関するものが5,569件で第二位でした。対応のしかたそのものが苦情の大きな柱なのです。
早い段階で案件を弁護士に渡し、「以後の窓口は代理人です」と告げることは、法的には合理的で安全な進め方に見えるかもしれません。しかし、感情の問題として、誠意は代理人を経由しては絶対に伝わりません。ご家族が最も知りたい「何が起きたのか」「あの先生はいま何を思っているのか」という悲痛な問いに対し、現場を体験していない代理人は答えることができないからです。
「担当医ととことん膝を突き合わせて話し合った結果、こじれた」という事案は、私の経験上ほとんどありません。むしろ、前述の通り、早い段階で病院側が口を閉ざしたという「閉ざされた体験」こそが、相手を法的紛争へと押し出していくのです。
「謝罪=法的責任の自認」ではない。組織を守る「限定謝罪」の技術
初期対応の重要性を説くと、現場からは必ず「原因が分からない段階で謝れば、過失を認めたことになり裁判で不利になる」という反発を受けます。確かに一理ある正論ですが、私は明確に次のように考えます。
第一に、日本語の「すみません」「申し訳ありません」は非常に多義的です。恐縮、感謝、共感などさまざまな場面で使われる言葉を一律に「法的責任の自認」と解釈するのには無理があります。実際の交通事故の実務でも、現場で謝罪したからといって過失割合の認定で不利になることは基本的にありません。過失の有無は診療録や医学的知見などの客観的証拠によって判断されるものであり、現場での一言だけで決まるものではないからです。
第二に、後から「あの時謝ったではないか」と言われるリスクを防ぐために「記録」を残すのです。面談の日時、出席者、説明内容とともに、「何に対する謝罪だったのか」を文脈として記録に残し、双方了解のうえで録音する。そうすれば無用な争点は生まれません。
そこで私が強く推奨する具体的な解決策が「限定謝罪(部分謝罪)」です。
事実関係が未確定の段階では医療過誤そのものに対する全面的な謝罪は行わず、相手の感情や状況に限定して謝意を示す方法です。
「ご不安な思いをおかけして、申し訳ありません」 「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」 「説明が十分に届いていなかったとすれば、申し訳ありません」
これらは医療行為の過誤を認めるものではなく、相手の感情への寄り添いです。実務上はこれを「道義的謝罪」と呼び、法的責任を認める「法的謝罪」と明確に区別します。漠然と謝るのではなく、「何に対して謝るのか」を明確にすることが実務の要諦です。
さらに、これを個人の判断に委ねるのではなく、「初動ではこの範囲の言葉を使う」という基準を組織全体で明文化することが極めて重要です。そうすることで、担当者個人を守りつつ、病院としての対応の一貫性を保つことができます。
海外に目を向けると、米国では医療者の謝罪を訴訟の証拠として用いることを制限する「謝罪法(アポロジー・ロー)」が広く整備され、2010年時点で36州が同種の法律を有していました。ミシガン大学ヘルスシステムのデータでは、「開示と謝罪」のプログラムを導入した結果、医療過誤請求の月あたりの発生率が患者10万人あたり7.03件(2001年)から4.52件(2007年)へ減少しました。訴訟一件あたりの平均費用も約40万6,000ドルから約22万8,000ドルへと大幅に低下したことが報告されています。「謝れば訴えられる」という直感とは真逆の現実があるのです。
「毅然とした対応」と「初期の対話」は矛盾しない
さて、ここからが非常に重要なポイントです。
私が日頃からお伝えしているペイハラ対策において、「不当な要求には毅然と対応する」「組織一体となって役割分担し、必要に応じて窓口を弁護士に切り替える」といった組織防衛の鉄則をお話ししています。一方で、本ブログの前半で「事案の初期段階では、院長や主治医といった責任者が自ら前に出て、患者さんやご遺族としっかり向き合って対話すべきだ」とも述べています。
この二つの主張は、一見すると矛盾しているように感じられるかもしれません。しかし、これらは決して矛盾するものではなく、むしろ完全に表裏一体の関係にあります。
第一に、初期段階における対話は、医療従事者としての「やるべきこと」であり、果たすべき義務と責任です。特に、病院側のミスが推測・推定されるような場面や、患者さんが期待した通りの結果が伴わなかった場合には、なぜその方法を選んだのか、何が想定と違ったのかを事実に基づいて誠実に説明することが大前提となります。これを語れるのは代理人弁護士ではなく、その場にいた医師だけです。
第二に、この「やるべきことをやる(=対話を尽くす)」というプロセスを経なければ、その後の毅然とした措置の「正当性」が担保されないからです。
2026年10月1日には改正労働施策総合推進法が施行され、すべての事業主にカスタマーハラスメント対策が義務付けられます。新潟県病院局のペイシェントハラスメント対策指針でも示されている通り、相手の要求が正当か不当かを切り分けるためには、その前提として事実関係の確認と説明が不可欠です。
医療側が対話から逃げている状態で「これはペイハラだ」と主張しても、第三者(警察や裁判所など)からは正当な対応とは認められません。初期の対話を尽くし、限定謝罪を含めて誠意を持って「人対人」として向き合ったにもかかわらず、相手が社会通念を逸脱した要求を繰り返すからこそ、「これ以上は応じられない」と窓口を切り替える強硬な対策が、法的に、そして社会的に正当化されるのです。
そして何より、初期にしっかりと向き合って話をするという「やるべきこと」を果たすだけで、相手の怒りや不信感が和らぎ、後々の紛争拡大やハラスメントへの発展を未然に防ぎ、本格的な対策に至らずに解決するケースが多々あります。
私が相談を受けたある皮膚科の事案(令和6年の皮膚科の既済訴訟はわずか14件です)でも、術後の説明不足に対して病院側がすぐに対話を拒み、医事調停に窓口を移したことで紛争化してしまいました。「対話できるところはしっかり対話をする」という姿勢こそが、結果として最大のハラスメント抑止力となるのです。
👉【あわせて読みたい】 ペイハラ・カスハラ対策において、自治体などの「関係機関と連携し、巻き込んでいくこと」は非常に重要かつ不可欠な視点です。具体的な連携の仕組みづくりや公的制度の活用については、以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてください。 【2026年10月義務化】訪問介護のカスハラから職員を守る!自治体を巻き込む解決策と公的制度のすべて [https://shibaken-poli.com/2026/08/06/%e3%80%902026%e5%b9%b410%e6%9c%88%e7%be%a9%e5%8b%99%e5%8c%96%e3%80%91%e8%a8%aa%e5%95%8f%e4%bb%8b%e8%ad%b7%e3%81%ae%e3%82%ab%e3%82%b9%e3%83%8f%e3%83%a9%e3%81%8b%e3%82%89%e8%81%b7%e5%93%a1%e3%82%92/]
まとめと結び
本ブログでお伝えした通り、医療トラブルやペイハラを防ぎ、泥沼化させないための最大の鍵は「初期対応」にあります。事実が不確定な段階であっても、相手の感情に寄り添う「限定謝罪(道義的謝罪)」を活用し、人間の行動心理を理解して逃げずに対話を重ねる姿勢が組織を守ります。
毅然とした対応をとることと、初期に対話を行うことは決して矛盾しません。初期に医療者としての説明責任を果たすからこそ、その後の組織防衛策が正当なものとして機能するのです。個人の裁量に任せるのではなく、組織全体で対応基準を明文化し、記録を残す仕組みづくりを進めることが、長引く訴訟や紛争を回避するための最も有効な解決策となります。
私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、担当者が個別でお悩みの場合もあるようですので秘密は厳守しますのでご安心してお気軽に。
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)
