【事案分析と解決の設計士】沈黙は推奨と同じ。医療・介護現場をハラスメントから守る経営者の「危機意識」

読者の皆様、毎日、最前線で命と向き合い、患者さんや利用者さんのためにご尽力いただき、心から敬意を表します。

事案分析と解決の設計士として、日々さまざまな組織のガバナンスやリスクマネジメントに関する情報発信を続ける私のもとには、現場で疲弊する医療・介護スタッフの方々からの切実な声が絶えず届きます。医療や介護の現場は、専門的な知識や技術だけでなく、高度な対人関係の構築と細やかな配慮が求められる非常に特殊で、かつ社会にとってなくてはならない尊い職場です。

しかし、その尊い現場において、現在、看過できない極めて深刻な問題が起きています。それが、患者や利用者からの執拗なハラスメントです。本ブログでは、医療・介護業界においてなぜこれほどまでに暴言やセクシュアル・ハラスメントが多発するのか、その根本的な原因を紐解きます。

そして、ただ現状の厳しさを嘆くのではなく、どのように組織として立ち向かい、大切な職員を守り抜くべきかという具体的な解決策について、私のこれまでの実務経験と実際の指導事例を交えて詳しく解説していきます。

目次

医療・介護現場でハラスメントが突出する根本原因

他の事業者に比べて、医療や介護の現場で暴言や威嚇、そしてセクハラが圧倒的に多いという事実があります。特に医療業界においては現場の看護師さんが被害に遭うケースが多く、これはまさにこの業界特有の構造的な問題と言えます。

その最大の原因は「物理的・心理的な距離感の近さ」と、業務が行われる「環境の特殊性」にあります。一般のサービス業とは異なり、医療や介護は患者さんの身体に直接触れる距離感でのケアが不可欠です。さらに、病棟というある意味で閉ざされた空間や、訪問先というアウェーの環境において、密室で一対一、あるいは多数対一という孤立した構図が当たり前のようにできあがってしまいます。こうした環境が、個人的な感情を過剰に介入させ、ハラスメントを生む温床となっているのです。

加害者の心理と「吐け口」にされる現場

私が日頃から講話や相談で指導しているハラスメントの四つの類型のうち、「暴言・威嚇・強要型」を行う加害者の特徴を見てみると、50代後半から高齢の男性が非常に多いという傾向があります。また、セクハラの対象となる看護師さんに対して執拗な加害行為に及ぶのも、60代から80代の高齢男性が目立ちます。

なぜ彼らは、病院や介護施設でこのような行為に及ぶのでしょうか。彼らの大部分は、一般の社会生活の中では決められたルールに従い、自己の行動を抑制して我慢しています。街中で突然暴れたり、見知らぬ人にセクハラをしたりすることはまずありません。

しかし、病院という特定の空間に入り「患者」という立場になった途端、態度を急変させます。それはある意味で、社会の中でうまく出せないストレスや不満の「吐け口」を求めているのです。「ここは反論してこない弱い立場の人たちばかりだ」「ここでは何を言っても、何をしても大丈夫だ」と高を括り、鬱憤を晴らしているに過ぎません。現場のスタッフがこうしたゆがんだ感情の犠牲になっている現実は、早急に正さなければなりません。

経営者に不可欠な「危機意識」と実態の直視

この惨状を打破するための第一歩は、トップである事業主自身の「危機意識」に他なりません。

まずは、業界のハラスメント実態調査や院内アンケートの結果に表れる顕著な数字(データ)を、経営陣が我が事として自覚・認識することが必要です。そして何より重要なのは、その数字の裏で、現場のスタッフが「これが日常であり、当たり前のことだ」と諦め、感覚が麻痺してしまっている実態を正確に把握することです。

経営者が強い危機意識を持ち、この客観的データに基づいて、まずは、他業種に比べ医療業界では特に多いセクハラ対策に本気で取り組むことが組織変革の強力な起爆剤となります。セクハラに対して毅然とした仕組みを作り、組織全体に「絶対に許さない」という意識やノウハウを浸透させることができれば、その態勢は確実に組織の隅々へと波及します。結果として、それがパワハラ対策やカスハラ(カスタマーハラスメント)対策を飛躍的に前進させることへと直結するのです。

「相手は認知症だから」「高齢の患者さんだから」という理由で、加害構図が作り上がっている文化を放置し続ければ、これからの未来を担う若い人材の流出は絶対に避けられません。現場のスタッフが安心して働けるよう、今すぐ組織のあり方を変えていく必要があるのです。

組織として取り組むべき具体的な防衛策

では、具体的にどのような仕組みづくりを行えばよいのでしょうか。効果的な対策には、以下のステップが不可欠です。

  1. 情報共有の徹底 誰が、いつ、どの程度、どのような被害に遭っているのか。これを組織として正確に把握できなければ、対応のしようがありません。「これくらいはセクハラにならないだろう」「小さなことだから」と現場が勝手に判断して蓋をしてしまうのが一番危険です。どんな些細なことでも必ず上に上げる、報告してもらうという心理的に安全な環境づくりが何よりも大切です。
  2. リーダーや事業主の明確な意思表示 情報が上がってくる体制を作るためには、トップが「当院はハラスメントを絶対に許さない」という方針を明確にし、具体的な指示を行うことが必須です。トップの覚悟が見えなければ、現場は怖くて声を上げられません。
  3. 基準のすり合わせと想定問答の準備 社会の一般的な基準と、今ある現状での独自の基準(我慢の基準)とを照らし合わせます。社会の基準に突然全てを合わせるのは現実的に厳しい面もあるでしょう。しかし、「ここからは厳しく注意しておこう」という明確なラインを引き、その際の切り返しの想定問答を組織的に準備して対応していくことが重要です。
  4. ダメなものはダメと伝える勇気 認知症や高齢の患者さんに対しても、不適切な行為には「ダメなものはダメ」と加害者に対して明確に言うことが必要です。これは決して冷たい対応ではなく、明確な境界線を示すことで患者自身の落ち着きを取り戻す「心の安らぎケア」に直結する非常に大事なアプローチなのです。

実例から学ぶ:長年通院する患者からのセクハラへの対応

ここで、私が実際に相談を受けて解決に導いた実例をご紹介します。

あるクリニックに、60代前後のご夫婦がかかりつけとして長年通院されていました。それぞれが患者として来院するのですが、この夫である男性患者が、診察や検査、問診の際、周囲の目を盗んでは看護師のお尻や胸を触るという行為を長年にわたり繰り返していたのです。

長年通ってくれている患者であり、できるだけ関係をギクシャクさせたくない。院長は「波風を立てずに、注意をしない方法はないだろうか」と大変深く悩まれていました。

私はその際、明確にお伝えしました。 「注意をしないということはあり得ません。放置するということは、要は『それはしてもいいですよ』と逆に推奨していることと捉えられかねないからです」 まさに、今回のタイトルでもある「沈黙は推奨と同じ」なのです。

ただし、伝え方には工夫が必要です。相手の尊厳を無駄に損なわないよう、タイミングや言い方をしっかりと考えること。やんわりとソフトな関係性の中で伝えること。そして何より、個別に別の部屋に呼んで、その他の職員や関係者がいない場で注意を行うよう指導しました。

院長はこのアドバイスに従って対応を実践しました。その結果、その後その患者はピタリとセクハラ行為をしなくなったという報告を受けています。

このように、今まで看過していた小さなことを見逃さず、きちんと組織として対応していくことが極めて重要です。労働施策総合推進法の施行など、法律や社会の目が厳しくなったという外部的要因がある今こそ、それを理由にして患者にルール変更を伝える絶好のタイミングでもあります。👉 『【応召義務の呪縛を解く】形だけのマニュアルを脱却し、職員の安全と安心を実現するペイハラ対応の極意』 [https://shibaken-poli.com/2026/08/09/%e3%80%90%e5%bf%9c%e5%8f%ac%e7%be%a9%e5%8b%99%e3%81%ae%e5%91%aa%e7%b8%9b%e3%82%92%e8%a7%a3%e3%81%8f%e3%80%91%e5%bd%a2%e3%81%a0%e3%81%91%e3%81%ae%e3%83%9e%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%82%92/]

まとめと結び

本ブログでは、医療・介護現場におけるハラスメントの実態から、被害が多発する原因、そして若手人材を守るための具体的な組織対応の極意について解説してきました。最も重要な結論は、密室空間で行われる被害から職員を守るためには、問題を見て見ぬふりをする沈黙の文化と決別し、経営者が強い危機意識を持って小さな声も拾い上げる情報共有の仕組みを作り、毅然とした対応方針を定めて実行することです。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は白十字病院の防犯対策室長や看護学校の講師、福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務める傍ら、本年5月に立ち上げたコンサルティング法人を通じてガバナンス構築の支援を行っております。

これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談されたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご連絡ください。担当者様が個別でお悩みの場合もあるかと存じます。秘密は厳守いたしますので、どうか安心してお気軽にお声がけください。

皆様の尊い職場が、笑顔で安心して働ける環境となるよう、全力でサポートさせていただきます。

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

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