【現場の萎縮をなくす】医療機関のカスハラ対策:マウント目的の要求を見抜く極意

毎日、医療の最前線で患者さんと向き合う皆様、本当にお疲れ様です。各クリニックでのご相談や研修の場で、現場の皆様から最も多く寄せられる悩みが「目の前の強い口調の訴えが、正当な要望なのか、それともハラスメントなのか判断がつかない」というものです。法律上はカスタマーハラスメントとして扱われるこれらの事案は、医療現場ではペイシェントハラスメントと呼ばれます。

この判断を誤ると、正当な訴えを門前払いして信頼を失うか、理不尽な要求にずるずると引きずられて疲弊してしまうかのどちらかに陥ります。このブログを読むことで、医療機関が「やるべきこと」をどこまで果たし、どこで毅然と線を引くべきか、そして昨今急増している「言葉の武器化」や「マウント目的の要求」にどう対処すべきか、その具体的な判断基準と現場での実践方法が明確に分かります。

目次

「やるべきことをやる」の真意は精神論ではなく法的な盾である

私が各医療機関でお話ししている「ペイシェントハラスメント対策七箇条」の中に、「やるべきことをやる」という項目があります。言葉にすれば当たり前のことに聞こえるかもしれませんが、実際の現場でこれほど判断に迷い、職員の皆様の足を止めてしまう項目はありません。

ここで皆様に強くお伝えしたいのは、この「やるべきことをやる」という言葉は、単に「どんな患者さんにも優しく尽くしなさい」「医療者として我慢しなさい」といった精神論や接遇の理想論を述べているのではない、ということです。

これには二つの極めて重要な意味があります。

一つは言うまでもなく、医療従事者としての基本にして根本である「患者さんに寄り添う」という倫理的な姿勢を体現するためです。そしてもう一つは、極めて実務的かつ法的な意味合いです。医療機関と患者さんの間に生じる「善管注意義務(善良な管理者の注意義務)」をしっかりと果たすと同時に、悪質なハラスメントに対して警察介入や法的措置(業務妨害罪など)に踏み切る際、自分たちの対応の正当性、すなわち「守られるべき業務としての要保護性」を確固た要るものにするためなのです。

「こちら側は医療機関としてやるべきことを全て誠実に果たした。それでもなお、この人物は理不尽に業務を妨害している」という事実があって初めて、法的にも社会的手続きにおいても、相手の不当性を立証することができます。つまり、「やるべきことをやる」というのは、理不尽な攻撃から自分たちの業務の正当性を守り抜くための、最も強力な「盾」になるということを、まずは組織全体で共有してください。

「ハラスメントには該当しない」四つの正当な要求を知る

現場での初動判断を難しくしている原因の一つは、患者さんからの強い言葉での訴えがあると、それだけで「困った患者さんだ」「ハラスメントかもしれない」と身構えてしまうことにあります。しかし、法的にも実務的にも、以下の四つの類型に該当する訴えは、それ自体はハラスメントには該当しません。

第一に「正式な申し入れや苦情、意見、要望、説明の求め」です。医師の診断結果や治療方針に対して「もう一度、自分にも分かるように説明してほしい」と求めるようなケースは、患者さんの正当な権利です。

第二に「合理的配慮の求め」です。障害のある方が不利益な取り扱いを受けないように配慮を求めることや、車椅子で移動しやすいように施設面での工夫を求めることなどがこれに当たります。

第三に「言語や情報伝達上の障害に起因するもの」です。言語、聴覚、あるいは認知機能の状態によって意思疎通に行き違いが生じるケースであり、通訳や図解を用いた分かりやすい説明といった支援が必要になります。

第四に「病院側の不備に対する是正の求め」です。事務的な手続きのミスや、想定以上の待ち時間が発生してしまったことに対する指摘や苦情が典型例です。

2026年2月26日に厚生労働省が告示したカスハラ対策の新たな指針においても、「障害者差別解消法に基づく合理的配慮の求め」や「差別的取扱いの是正を求める行為」はカスハラに該当しないことが明確に定められています。これら四つの類型はいずれも正当な権利行使に基づくものであり、医療機関としては誠実に対応する義務があります。ここまでは「やるべきこと」の第一段階として、真摯に向き合うべき領域です。

「境界線を越える」のではない。初めから真の目的が違う「仮装型ハラスメント」の実態

先ほど挙げた四つの正当な要求について、現場で決して見誤ってはいけない本質的な事実があります。もし、患者さんの「真意」が本当に説明への納得や合理的な配慮の獲得、不備の是正にあるのなら、医療機関側が善管注意義務に基づいて誠実に説明や是正を尽くした時点で、事態は必ず収束し、解決に向かいます。真意がそこにある限り、ハラスメントに発展することはないのです。

現場を疲弊させている本当に厄介なケースは、「最初は正当な要求だったものが、途中から感情的になって線を越えてしまった」というものではありません。彼らの真の目的は、初めから「問題の解決」にはないのです。

本当の動機は、「自分の理不尽な要求や個人的なワガママをごり押しすること」や、「医療従事者を屈服させてマウントを取り、自らの優位性を確認してステータスや満足感を得ること」にあります。彼らはその不当な目的を達成するため、あるいは自分の過剰な攻撃性を正当化するための「口実」として、行政や世間が敏感に反応する「差別」や「配慮不足」といった言葉を意図的に利用しているに過ぎません。

「これは障害者差別だ」「人権侵害だ」と大声で騒ぎ立てれば、病院側が萎縮して自分の要求を呑むだろうという計算のもとに行われる、いわば「言葉狩り」のような状態です。正当な要求が途中で変わったのではなく、最初から別の不当な目的を持った人物が、正当な権利行使を「装っているだけ」なのです。私はこれを「仮装型ハラスメント」と呼んでいます。

「差別」という言葉を出されたからといって、無条件に萎縮する必要はありません。相手の「真意」が問題解決にあるのか、それともマウントを取ることや理不尽な要求を通すための「口実(仮装)」なのか。外形上の言葉に惑わされず、この「動機の違い」を冷静に見抜くことこそが、組織と職員を守るための最大の防衛線となります。

ゴムマリ理論で理解する「やるべきこと」の伸縮と毅然とした線引き

この「どこまで対応すべきか」という実務的な判断を助けるのが、私が研修等でお伝えしている「ゴムマリ理論」です。

ゴムマリ理論とは、その時の相手方の言動や申し入れの内容、当院との関係性などに準じて、医療機関側が「やるべきこと(善管注意義務の範囲)」が、まるでゴムマリのように大きく膨らんだり、極めて小さく縮んだりするという考え方です。そして、その膨らんだり縮んだりしたゴムマリの対応を終えた「その先」の過剰な要求は、すべてハラスメントであると判断します。

たとえば、病院側に何らかの不備や手違いがあったケースを想像してください。この場合、医療機関がやるべきこと(ゴムマリの範囲)は大きく膨らみます。手違いをしっかりとフォローし、ケアを行い、誠実に謝罪し、経緯を説明する。ここまで対応を尽くすことが、法的な善管注意義務の履行です。しかし、そこまで「やるべきこと」を果たした上で、それでも納得せずに過度な要求をしてくるのであれば、それはもはや線を完全に越えており、ハラスメントとして毅然と対処すべき局面です。

一方で、ゴムマリが極端に小さく縮むケースもあります。たとえば、「自分には用事があるのに待ち時間が長いじゃないか」と大声で怒鳴り、自分の要件ばかりを一方的に主張し続ける患者さんがいたとします。この時、医療機関としてやるべき対応は極めて小さく、「院内で大きな声を出さないでください」「まずは静かにしてください」とお伝えし、静止することだけです。それがこの状況下での善管注意義務です。もし、それでも静止に従わず大声を出し続けるのであれば、それはもう完全なハラスメント行為です。これ以上対応を続ける必要はなく、即座に「ハラスメント対策」として、警察への通報を含む完全対応へと切り替えなければなりません。

このように、善管注意義務というのは、「今回私たちがやるべきことの範囲(ゴムマリの大きさ)はどこまでか」を規定する根拠になります。「やるべきこと」を終えたなら、そこから先はもう患者対応ではなく、ハラスメント対応への切り替え地点なのです。

👉 現場での「対応の境界線」をどう見極めるのか?ゴムマリ理論のさらに詳しい解説や具体的な実践ステップについては、こちらの記事で深掘りしています。ぜひ併せてお読みください。 【医療安全の新常識】接遇とカスハラ対策を両立させる「ゴムマリ理論」とは?元警察署長が教える臨界点の見極め方 [https://shibaken-poli.com/2026/05/31/%e3%80%90%e5%8c%bb%e7%99%82%e5%ae%89%e5%85%a8%e3%81%ae%e6%96%b0%e5%b8%b8%e8%ad%98%e3%80%91%e6%8e%a5%e9%81%87%e3%81%a8%e3%82%ab%e3%82%b9%e3%83%8f%e3%83%a9%e5%af%be%e7%ad%96%e3%82%92%e4%b8%a1%e7%ab%8b/]

精神疾患の疑いを理由に対応を後回しにしてはいけない

もう一点、私が医療安全の研修や講話の場で必ず強くお伝えしていることがあります。一部の有識者が作成した資料などの中には、「相手に精神疾患の既往がある場合や、その疑いがある状態での過激な言動は、ハラスメントの判断から除外すべきだ」という趣旨の見解が示されることがあります。私は、実務を預かる危機管理の専門家として、この考え方には極めて強い危機感を持っています。

もし、病気やその疑いがあることを理由に、カスハラ該当性の判断そのものを保留したり除外したりしてしまえば、診断が確定していない段階ではどんなに暴言を吐かれても対応を保留せざるを得なくなり、現場の安全確保が完全に機能不全に陥ります。さらに、後になって「本人は一時的な錯乱状態にあったのだから、病院側の冷たい対応は不当だ」と主張しさえすれば、医療機関の正当な防衛措置が否定されてしまうことになりかねず、あまりに危険です。

そもそも労働施策総合推進法などの趣旨に照らしても、ハラスメントに該当するかどうかは、「要求の内容が妥当性を欠くか」「要求を実現するための手段や態様が社会通念上相当な範囲を逸脱しているか」、そしてその結果として「労働者の就業環境が害されているか」という、外形的な客観的事実に基づいて判断されるべきものです。

病状や責任能力の有無を判定してからでなければ組織としての防衛対策が取れないという順番にしてしまうことは、客観的な事実から就業環境を守り、働く職員を保護するという本来の目的そのものに完全に逆行します。

実務の現場においては、二段階・二方向での対応を同時並行で進めるのが最も確実な方法です。第一に、大声で威圧する、長時間居座るなどの外形的な事実に基づき、職員の安全を確保するための毅然とした対応(複数名での対応、別室への誘導、警察への通報準備など)を速やかに実施すること。そしてそれと並行して、精神疾患の可能性に配慮した医療的な見地からの判断やアプローチを進めること。「病気の判断」を待ってから「安全確保」に着手するのではなく、両者は同時並行で進めるべきだというのが、現場を守るための絶対的な原則です。

知識を現場の感覚に落とし込み、職員を守る仕組みづくりを

ここまで、医療機関におけるカスハラ対応の要となる「やるべきことをやる」の範囲と、相手の真意を見抜く重要性について実務的な視点から整理してきました。研修の場でこれらを聞いた方が、その場ですべての理論を完璧に暗記する必要はありません。

大切なのは、「まずは医療機関としてやるべきこと(善管注意義務)を、法的にも医療者としての立場からも誠実に果たす。それは自分たちの業務の正当性(擁護性)を守る盾である」というブレない基本姿勢を持つこと。そして、「差別という言葉を口実にした仮装型ハラスメントや、マウント目的の理不尽な要求に対しては、もはや接遇ではなく、危機管理として毅然と応じる」という一点に立ち返ることです。目の前の相手の訴えがゴムマリのどの範囲にあり、真意がどこにあるのか。その場で見極める感覚を、日々の振り返りを通じて組織全体で養っていくことが不可欠です。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、担当者が個別でお悩みの場合もあるようですが、ご安心してお気軽に。皆様の状況に即した、根本的な課題解決をご提案いたします。

本日も最後までこのブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。今日もお疲れ様です。明日もまた、胸を張って素晴らしい医療の仕事に向かってください。福岡の、そして全国の医療現場の安全と発展に、心からの敬意を込めて。

事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

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