【オンライン診療の落とし穴】元警察署長が教える「カスハラ」を防ぐ毅然とした対応と信頼構築

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はじめに:見えない壁に悩む医療従事者の皆さまへ

いつもこのブログをお読みいただき、誠にありがとうございます。ふだん私は、医療現場におけるハラスメント、すなわち患者さんやご家族からの理不尽な要求や暴言への対応をテーマにお話ししております。世間一般では「カスハラ(カスタマーハラスメント)」と呼ばれる社会問題ですが、医療現場においては患者からのハラスメントであるため「ペイハラ(ペイシェントハラスメント)」として深刻に問題視されています。本ブログでも、この医療現場におけるカスハラ=ペイハラをいかに未然に防ぎ、どう対処していくかという視点を大切にしています。

さて、本日は少し視点を変えて、「オンライン診療」という新しい医療の仕組みについて深く掘り下げてみたいと思います。一見するとハラスメント対策とは無関係に思えるかもしれませんが、実はその根底には「患者さんとの信頼関係をいかに築き、どう組織を守るか」という、非常に重要かつ共通する課題が横たわっています。

「良かれと思って厳しく指導したら、アンケートで低い評価をつけられてしまった」「悪質なクレームやネット上の口コミを恐れて、つい患者さんの言いなりに処方を出してしまう」と悩まれている医療従事者の方は決して少なくありません。このブログを読むことで、オンラインという便利な道具に潜む構造的な課題を理解し、医療者としての誇りを持って毅然と対応するための具体的な考え方と、その先にある真の信頼構築、そして組織防衛のヒントを得ていただけるはずです。私自身のこれまでの知見と経験に基づく見解として、日々の業務の参考にしていただければ幸いです。

コロナ禍を経て定着したオンライン診療の功績と、隠れた限界

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、私たちの社会のあらゆる仕組みを劇的に変化させました。医療現場におけるデジタル化もその一つであり、もっとも象徴的なものがオンライン診療の急速な普及です。

高齢で足腰が弱く定期的な通院が困難な方、身体的な障害をお持ちで外出に大きな負担が伴う方、あるいは専門医が在籍する総合病院から遠く離れた地域にお住まいの方にとって、オンライン診療はまさに希望の光となりました。ご自宅の居間にいながらにして医師の診察を受け、必要な薬の処方箋を受け取ることができる。この仕組みが多くの患者さんの生活の質を向上させたことは疑いようのない事実であり、地域医療の裾野を広げる素晴らしい手段です。

しかし、どのような優れた仕組みにも必ず限界や死角が存在します。対面での診察と、画面越しの診察とでは、やはり容易には越えられない壁があるのではないかと私は考えています。

たとえば、気管支喘息の治療を思い浮かべてみてください。喘息の診療においては、医師が直接患者さんの胸や背中に聴診器を当て、呼吸音の微細な変化を確認しながら治療方針を微調整していくことが不可欠だと言われています。直接その場で身体に触れ、音を聞き、顔色や皮膚の状態、さらには診察室に入ってくる時の歩き方や息遣いなど、あらゆる情報を総合して確かめなければ、正確な判断が下せない病気や治療は決して少なくありません。聴診、触診は少なからずオンラインでは診察不可能であり、医師の知識、経験全能により患者と向き合うことができません。

カメラの枠内に収められた映像と、マイクを通した音声だけの会話では、どうしても拾いきれない膨大な情報があります。対面の診察には、言葉にはならない無数のメッセージが含まれており、それらを欠いた状態でのオンライン診療には、医療安全の観点からも慎重な見極めが求められるのです。

脳科学が証明する「オンラインの限界」と共感の欠如

この対面とオンラインの決定的な違いについて、非常に興味深い科学的な研究があります。「脳を鍛える計算ドリル」などの研究で広く知られている、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授による検証です。川島教授は、著書『オンライン脳 東北大学の緊急実験からわかった危険な大問題』(アスコム、2022年)の中で、対面でのコミュニケーションとオンラインでのコミュニケーションの違いを、脳活動の測定という客観的なデータに基づいて明らかにしています。

同書で紹介されている実験は次のようなものでした。学生たちをグループに分け、ひとつのグループには対面で、もうひとつのグループにはオンラインの環境で、それぞれ自由に会話をしてもらいます。そして、その会話中の脳活動をリアルタイムで測定し、比較しました。

その結果は驚くべきものでした。対面での会話では、話が盛り上がり、お互いの理解が深まるにつれて、参加者同士の脳活動の波形がどんどん同期していったのです。これは、脳科学の視点から見れば、お互いの間に「共感が生まれている」状態を意味します。一方、オンラインでの会話では、言葉のキャッチボール自体は途切れることなくスムーズに続いているにもかかわらず、脳活動の同期がほとんど起こらなかったというのです。

なぜ、オンラインでは人間同士の共感が生まれにくいのでしょうか。川島教授はその理由として、大きく二つの要因を挙げておられます。

第一の要因は「視線の不一致」です。オンライン診療やウェブ会議を経験された方ならお分かりかと思いますが、画面に映る相手の顔を見つめているとき、相手から見るとこちらの視線は少し下を向いているように見えます。逆に、相手と目を合わせようとしてカメラのレンズを見つめると、今度は相手の表情の変化を読み取ることができません。つまり、人間が対面の会話で無意識に行っている自然なアイコンタクトが、オンラインの構造上、絶対に成立しないのです。

第二の要因は「映像そのものの性質」です。私たちが画面で見ているオンラインの映像は、実は1秒間に30回ほど画面が切り替わる静止画の連続に過ぎません。人間の脳は非常に高度な情報処理を行っており、この連続する静止画の不自然さを敏感に察知してしまいます。結果として、脳は画面の向こうにいる相手を、リアルな血の通った本物の人間として認識するのではなく、いわば紙芝居のような作られた情報に近いものとして処理してしまうというのです。

対面での診察において、医師と患者さんは、視線が合うことの安心感、声の微細なトーンの変化、身振り手振り、そして空間を共有する空気感といった非言語の情報を総動員してコミュニケーションをとっています。私たちはそうした情報の全体像を通じて、相手を信頼し、共感しているのです。オンライン診療は、「診察をして薬を処方する」という事務的な機能は果たせますが、医療の根幹である「信頼関係の土台」を構築するには、非常にハードルの高い仕組みであることを、私たちは深く認識しておく必要があります。

アンケート評価という見えない圧力と「便利屋化」する医療機関

脳科学の観点からも信頼関係を築きにくいオンライン診療ですが、私が危機管理の専門家としてさらに問題だと感じているのは、そこに「評価システム」という別の構造的な課題が絡み合っている点です。

現在、オンライン診療の予約システムや問診ソフトウェアを導入している医療機関の多くは、診療が終了した直後に、患者さんのスマートフォンやパソコン宛てにアンケートのメールを自動送信し、診療の満足度を尋ねる仕組みを取り入れています。待ち時間は適切だったか、医師の態度は親切だったかといった項目を五段階などで評価させるシステムです。

医療サービスの質を向上させるための意見収集として、アンケート自体は有用な面もあります。しかし、現実の運用を直視すると、非常に危うい側面が見えてきます。

オンライン診療を利用する患者さんの中には、純粋に体調が優れず医療的な助言を求めている方だけでなく、「通院して待たされるのは面倒だから、とにかく手っ取り早くいつもの薬だけが欲しい」という目的が先行している方が一定数存在します。加えて、オンライン診療は対面診療と異なり、シフト制などでその都度、担当する医師が変わるケースも少なくありません。

このような環境下では、患者さんが同じ薬を長期間、あるいは不自然に頻繁に求め続けているような場合であっても、カルテの記録だけではその背景や細かいニュアンスが後任の医師に十分に伝わらないことや担当医師がその都度変わるということもあります。その結果、患者側の「ただ薬を出してほしい」という要求ばかりが通りやすくなり、本来の医療において最も重要な、患者さんの身体の安全を守るための慎重な判断が置き去りにされてしまう危険性があるのです。

ここで、医師が医療者としての良心と責任感に基づき、毅然とした対応をとったとします。たとえば、気管支拡張剤などの処方を求める喘息の患者さんに対して、「カルテを見ると、前回の処方からまだあまり日数が経過していません。薬の使い過ぎは危険です」「一度、直接対面で診察し、肺の音を聞き、検査をしてからでなければ、これ以上の処方は出せません」と明確に伝えたとしましょう。

これは、患者さんの身体の安全を第一に考えた、極めて正当で誠実な医療行為です。しかし、手軽に薬をもらうことだけを目的としていた患者さんからすれば、面倒なことを言う医師だ、希望通りにしてくれなかったという不満に直結します。そして、その不満は、直後に送られてくる診療後アンケートに最低の評価や、冷たい対応だったというクレームとして書き込まれることになります。自分の身体のことを本当に心配して、あえて厳しいことを言ってくれたのだと、その場で素直に受け止めて感謝できる患者さんは、画面越しの希薄なコミュニケーション環境の中では決して多くありません。

迎合が引き起こすカスハラの連鎖と、事後対応を阻む「要保護性」の低下

ここで強くお伝えしたいのは、オンラインという特殊な環境下であっても、毅然としたとるべき対応や、ダメなものはダメとはっきり伝え、不適切な要求に対しては是正を求める注意を事前に行っておかなければ、非常に大きな組織的リスクを抱え込むことになるという事実です。

オンライン診療におけるペイシェントハラスメント(ペイハラ)は、待合室で大声で怒鳴られるような直接的な暴力ではありません。その代わり、インターネット上の口コミサイトへの不実な書き込みや、SNSでの執拗な誹謗中傷といった、陰湿で拡散性の高い形で現れることが多々あります。こうした悪質なネット上のカスハラに対して、いざ医療機関として法的措置や削除請求などの具体的な対応をとろうとした場面を想像してください。

このとき、法的な場や社会通念において大きな焦点となるのが、医療機関側の「業務の正当性」です。

もし、悪質なアンケート評価やクレームを恐れるあまり、医師やスタッフが患者の言われるがままに対応し、不適切な薬の要求などにもズルズルと迎合してしまっていたらどうなるでしょうか。客観的に見たとき、「そこまで患者の言いなりになり、自ら不適切な医療対応を容認していたのであれば、そもそもその医療機関や業務を法的に守る必要性(要保護性)は極めて低いのではないか」と判断されかねないのです。

要保護性が低いと見なされてしまえば、いざ深刻な口コミ被害や誹謗中傷に直面して弁護士や警察に相談しようとしても、「まずは病院側の診療体制や対応そのものを正すのが先決です」と指摘されてしまいます。結果として、事後のペイハラ対策としての法的手続きや防衛策がどうしても慎重にならざるを得ず、最終的に現場のスタッフを守り切れないという致命的な局面が出てくるのです。

悪評を恐れて患者の機嫌をうかがい、毅然とすべきところで注意を怠ることは、「アンケートで星5つをもらうための診療」に成り下がるだけでなく、いざという時の組織の防御力、すなわち「要保護性」を自ら放棄しているのと同じです。それはもはや命を守る医療ではなく、処方箋発行の便利屋に過ぎず、結果的に理不尽なカスハラを増長させる土壌を作ってしまいます。

警察官時代の経験から語る「毅然とした対応」の本当の価値

私がなぜ、ここまで毅然とした対応を強く訴えるのか。それは、私自身の過去の経験に基づいています。

私は長年、福岡県警で警察官として勤務し、最終的には警察署長を務めさせていただきました。警察組織にいた頃、ある警察署で刑事課長という役職に就いていた時期のことです。私は在職中の2年間、管内で発生する暴力団関係の犯罪や、覚醒剤などの薬物犯罪に対する徹底した取締りを指揮しました。少しでも違法な兆候があれば一切の妥協を許さず、厳格に法律を適用して検挙を重ねました。

そのような厳しい取締りを数ヶ月続けた頃、管轄外の別の警察署で逮捕された暴力団関係者が、取調室の担当刑事に対して愚痴をこぼすようになったのです。 「あそこの署(私がいた署)の刑事課は厳しすぎる。融通が利かない。でも、うちの署(その関係者の地元)ならまだなんとかなりますよ」

そのような話が、警察の内部情報として私の耳にも入ってきました。まったく面識のない人間の間にも、「あの組織は厳しい」「あそこは決して妥協しない」という評判は、水面下であっという間に広まっていくのです。現代のネット社会であれば、この種の風評はなおのこと瞬く間に拡散していくでしょう。

医療機関においても、これとまったく同じ現象が起こります。「あの病院のオンライン診療は、ちょっと文句を言えばすぐに希望の薬をたっぷり出してくれる」「あの先生は何も細かく注意してこないから楽だ」という風評は、信じられないほどのスピードで横へと伝わっていきます。その結果、対応の難しい患者さんばかりが集まるようになってしまうのです。

私自身、当時の厳しい取締りに対して、裏社会の人間から逆恨みのような批判めいた言葉や圧力を向けられたことも何度となくあります。しかし私は、それを自分の職務を全うし、業務の正当性を貫いた証拠であると受け止め、誇り高き勲章だと考えていました。相手から嫌がられるほど厳格に対応し、ダメなものはダメと是正を求めたからこそ、地域の善良な市民の安全を確実なものにできたのです。

信頼関係と正当性こそが、これからの地域医療を確かなものにする

医療機関においても、毅然とすべきところで毅然とした対応をとることが、一時の批判を生むことはあるかもしれません。アンケートで理不尽な低評価をつけられることもあるでしょう。しかし、長い目で見ればどうでしょうか。

「薬の出しすぎは身体に毒です。今日は出せません」とはっきり注意してくれる医師。「対面でしっかり検査しないと危険だから、来院してください」と安全を第一に考えてくれる病院。 その場では不満に思う患者さんがいたとしても、本当に自分の健康を大切に考え、真剣に病気に向き合おうとする患者さんは、必ずその真摯な姿勢に気づいてくれます。そして何より、そうした日々の毅然とした指導記録こそが、万が一カスハラ被害に遭った際の「業務の正当性」と「要保護性」を強力に裏付ける証拠となるのです。

公的なエビデンスとしても、厚生労働省が定めている「オンライン診療の適切な実施に関する指針」において、オンライン診療は医師と患者との間の信頼関係を基礎として行われるべきものであり、情報の不足を補うために、必要に応じて速やかに対面診療に切り替えることが明確に求められています。国が定めるルールに照らし合わせても、患者の安全確保のためにオンライン診療をストップし、対面を促すことは、正当かつ必須の判断なのです。

オンライン診療のように、ただでさえ脳科学的に共感を生みにくく、信頼関係を構築しにくい仕組みを使っている現代だからこそ、医療従事者の皆さまの「真に患者に寄り添う、そして時に厳しく是正を求める姿勢」がこれまで以上に問われています。

まとめと結び

本ブログでお伝えした内容は、オンライン診療そのものを否定するものではありません。多くの患者さんにとって欠かせない重要な選択肢であることは間違いありません。ただ、その高い利便性の裏側に潜む「評価システムによる心理的圧力」や、迎合が生み出す「要保護性の低下」という課題に対して、組織としてどう向き合い、いかに毅然とした仕組みづくりを行っていくのかを、あらためて見つめ直すきっかけにしていただければ幸いです。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、担当者が個別でお悩みの場合もあるようですが、ご安心してお気軽に。

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