【法改正の盲点】カスハラ対策だけでは不十分!自院の職員がカスハラ加害者になった時の組織対応と実務

最近、医療機関や介護施設の皆様からご相談を受ける中で、私自身が現場で強く実感している非常に気になる傾向があります。それは、現場のスタッフを深く疲弊させるカスハラの加害者が、実は「他の病院の医療従事者」や「元医療従事者」であるケースが驚くほど多いという事実です。法律上はカスタマーハラスメントとして扱われるこれらの事案は、医療現場ではペイシェントハラスメント(ペイハラ)と呼ばれます。

「理不尽な要求を繰り返す患者様のご家族、実はお隣の市の病院で看護師をしているそうです」 「以前リハビリ職に就いていたようで、専門用語を使って執拗にスタッフの技術を責め立ててきて対応に苦慮しています」

このようなご相談は、決して珍しいものではありません。長崎県の医療機関において、入院患者の家族からの執拗なハラスメントにより5人もの看護師が退職に追い込まれ、最高裁まで争われた痛ましい裁判事例がありました。皆様もご記憶にあるかもしれませんが、この裁判で加害者となった家族(娘)もまた、薬剤師という同業者でした。同業者だからこそ内情や専門用語に精通しており、その追及はより鋭く、的確に現場のスタッフの心をえぐり、深く傷つけるのです。

うがった見方になるかもしれませんが、過去、自分がされていやだったことや対応せざるを得なかったことをしているのではないかと感じることもありました。

この事実が私たちに突きつけているのは、「自分たちが被害に遭う」というリスクだけではありません。逆の視点に立てば、「自院で真面目に働いている職員が、休日に家族の付き添いで他院を受診した際、あるいは清掃やシーツ交換などの委託業者に対して、無意識のうちにカスハラの加害者になっているかもしれない」という極めて現実的なリスクです。

これまで医療機関や介護施設におけるハラスメント対策といえば、「自院の患者や利用者から、現場の職員をどう守るか」という一方向からのアプローチが中心でした。しかし、2026年(令和8年)2月26日に厚生労働省が告示した指針と、その根拠となる改正労働施策総合推進法は、この「自院の職員が、よその事業者が雇用する職員に対してハラスメントの加害者になっていないか」という加害者側の視点を、はっきりと国の制度の中に組み込みました。

このブログを読むことで、これからの医療機関・介護事業者に確実に求められる「加害者側の視点」に立ったリスクマネジメント、具体的には「就業規則の整備」と「個人情報保護への対応」という二つの重要な実務ポイントについて深くご理解いただけるはずです。現場の安全と組織の信頼を守るための具体的な仕組みづくりについて、一緒に考えていきましょう。

目次

なぜ「自院の職員が加害者になる」という発想が抜け落ちるのか

専門職ゆえの「厳しさ」が牙をむく危険性

カスハラ対策の議論は、相談窓口の設置や悪質なクレーマーへの毅然とした対応など、どうしても「守る側」の発想で語られることがほとんどです。医療や介護の現場は日々過酷であり、スタッフを守る仕組みづくりが最優先されるのは当然のことです。そのため、組織として「自分たちの仲間が加害者になり得る」と考えるのは、率直に言って非常に居心地の悪い作業であり、どうしても議論が後回しにされがちです。

👉 組織として現場のスタッフを守るための第一歩となる「毅然とした対応」や、事業主としての明確な「意思表示」の重要性については、以下の記事で詳しく解説しています。初期対応の基本を確認したい方はあわせてご覧ください。 【初期対応の鉄則】元警察署長が教える医療現場のカスハラ対策「意思表示」の重要性 [https://shibaken-poli.com/2026/08/26/%e3%80%90%e5%88%9d%e6%9c%9f%e5%af%be%e5%bf%9c%e3%81%ae%e9%89%84%e5%89%87%e3%80%91%e5%85%83%e8%ad%a6%e5%af%9f%e7%bd%b2%e9%95%b7%e3%81%8c%e6%95%99%e3%81%88%e3%82%8b%e5%8c%bb%e7%99%82%e7%8f%be%e5%a0%b4/

しかし、先ほど触れたように、同業者によるハラスメントは頻発しています。自院では優秀で熱心な職員であっても、他院のやり方を見たときに「なぜこんな基本的な処置ができないのか」「うちの病院ならこうするのに」という専門職ゆえの高い基準やプライドが、強い口調や執拗なクレームに変わってしまうことがあります。また、清掃やシーツ交換などの委託業者に対して、日常的な優位性から無意識のうちに高圧的な態度をとってしまうことも少なくありません。

制度が求める他社の労働者への配慮義務

法的な背景を確認しておきましょう。2026年施行の改正労働施策総合推進法(第34条第2項〜第4項)は、事業主自身、その役員、そして労働者本人のそれぞれに、「他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払う」という明確な努力義務を課しました。

これを受けて厚生労働省の指針では、「顧客等」の定義の中に取引先の担当者などを明確に含めた上で、社内方針を周知する際に「他の事業主が雇用する労働者に対してカスハラを行ってはならない旨」を併せて示すことが望ましいとしています。守る側と加害する側は、実は同じ法律・制度の裏表なのだと深く理解しておく必要があります。

「よその病院での個人的なトラブルだから、うちの病院には関係ない」では済まされない段階に、すでに法制度は進んでいるのです。

業務中かプライベートか?就業規則における線引きと実務

ここで現場の事務長や管理職の皆様がもっとも頭を悩ませるのが、「自院の職員の言動が、業務に関するものか、まったくの私生活上のものか」という線引きと、それにどう対応するかという問題です。

業務関連行為における指揮監督権の行使

取引先との打合せや、他院への転院調整など、自院の業務に直接関わる場面で職員が高圧的な言動をとったのであれば、話は比較的単純です。それは職員が「職務を遂行する中で」行ったことですから、事業主が本来持っている指揮監督権の範囲内となります。事実関係を確認した上で、既存の就業規則に基づく注意、指導、あるいは懲戒処分で十分に対応が可能です。

休日の患者家族としての振る舞いにどう対応するか

一方で、休日に自分の親の付き添いで他院を受診した際や、プライベートな買い物の場面でカスハラ行為に及んでいた場合はどうでしょうか。原則として、事業主の指揮命令権は従業員の私生活にまでは及びません。

しかし、被害を受けた他院から「お宅の看護師さんから、執拗なクレームを受けてうちのスタッフが疲弊している。なんとかしてほしい」と連絡が入った場合、無視することはできません。ここに組織として介入するには、就業規則の中に「他の事業主が雇用する労働者への言動についても事業主が関心を持ち、必要な範囲で協力・指導を行う」という旨を、あらかじめ明記しておく必要があります。

ただし、私生活上の行為に対して、業務中の非行と同じように安易に懲戒権を行使することはできません。過去の最高裁判例(関西電力事件、日本鋼管事件、横浜ゴム事件など)の基準に照らせば、会社の社会的評価に客観的かつ相当重大な悪影響を及ぼしたか、事業活動と直接の関連がない限り、正式な懲戒処分には踏み込めません。したがって、私生活上のカスハラについては「適切な協力を行う範囲で、具体的な注意・指導を行う」というスタンスにとどめるのが穏当であり、法的に安全な対応です。

トラブルを防ぐ就業規則の具体的な規定例

では、具体的に就業規則にはどう記載すればよいのでしょうか。実務に即した規定例として、次のような書き方が考えられます。

『職員は、業務に関連して行う言動はもとより、私生活における言動であっても、他の事業主が雇用する労働者に対し、社会通念上許容される範囲を超えた言動によりその就業環境を害することのないよう注意しなければならない。当該言動が業務に関連して行われた場合は、第○条(懲戒)の定めるところによる。業務に関連しない私生活上の場合であっても、他の事業主から事実関係の確認等への協力を求められたときは、法令の趣旨に従い適切な協力を行うものとし、その結果、当院の業務に著しい支障を生じさせ、又は当院の信用を著しく損なったと認められるときは、必要な指導又は第○条(懲戒)の定めるところによる措置を検討する。』

このような規定を設けることで、「同業者として他院を訪れた際にも、節度ある態度をとるべきだ」という職員への牽制(メッセージ)効果を持たせつつ、法的なバランスを取ることができます。

事業者間の協力要請における越えてはいけない一線

情報提供と人事権への介入の明確な違い

私は長く警察で仕事をしてきましたが、管轄の異なる警察署同士が協力し合う場面は日常的にありました。しかし、隣の署に「情報提供」や「捜査協力のお願い」はできても、隣の署の組織運営や人事評価、処分の内容にまで口を出すことは絶対にできません。それぞれの組織の中でしか行使できない権限というものが、厳然として存在するからです。

医療機関同士のペイハラ対応も、これとまったく同じ構造だと考えてください。自院の職員が被害に遭い、加害者の勤務先である他の医療機関に事実確認への協力を依頼することは、法律が想定する正当な行為です。しかし、その依頼が「お宅の職員を厳正に処分してくれ」「担当から外して配置転換させろ」という具体的な処分の要求にまで踏み込んでしまうと、それは相手企業の人事権や懲戒権という専属権限への不当な干渉になりかねません。

行き過ぎた協力依頼は、それ自体が不法行為や不当な業務介入として、依頼した側の責任を問われるリスクすらはらんでいます。「事実を伝えて協力を求める」ところでしっかり止め、「処分を求める」段階には決して踏み込まない。この一線を窓口担当者任せにせず、あらかじめ組織内で共有し、具体的な言い回しのレベルまで落とし込んだ研修をしておくことが欠かせません。

見落としがちな個人情報保護法という地雷

もう一つ、リスクマネジメントの観点から絶対に見落としてはいけないのが、個人情報保護法との関係です。

提供と取得で異なる法律上の整理

事業者間でペイハラに関する情報をやり取りする際、法律上の整理を曖昧にしたまま進めるのは非常に危険です。 例えば、自院で暴れる患者家族が他院の職員であることを突き止め、その勤務先へ連絡を「入れる」場合と、他院から「お宅の職員がカスハラを行っている」というクレームの連絡を「受け取る」場合。この二つはどちらも個人データの取扱いに該当しますが、法律上の意味合いが明確に異なります。

まず、自院から他院へ情報を「提供する(連絡を入れる)」場合は、原則として本人の同意が必要な「第三者提供」に該当します。生命や身体の保護に関わるような極めて深刻な事案であれば例外規定にあたる余地もありますが、通常のクレーム対応レベルの事案では、この例外には簡単には乗れません。

一方で、他院から自院の職員の情報を「受け取る」場合は、個人情報の「取得」にあたります。そのため、あらかじめどのような目的でその情報を使うのか(利用目的)を特定し、公表等をしておく必要があります。

つまり、これらを単なる「第三者提供等」という言葉でひとくくりにしてしまうと、法律上の解釈を誤る原因となります。情報を提供するにしても、取得するにしても、「そもそも何のためにその情報を取り扱うのか」という大前提を整えなければなりません。

安全安心と事実確認を両立するプライバシーポリシー改訂

万が一、利用目的が整備されていないまま他院と職員の情報をやり取りしてしまえば、後になって職員本人から「自分の個人情報を勝手に他社へ漏らされた」、あるいは「不当な目的で情報を取得された」として個人情報保護法違反で訴えられるという、思わぬ二次トラブルに発展しかねません。

備えるべきことは、決して難しくありません。職員向けの個人情報の利用目的の項目に、以下のような一文をあらかじめ加えておくことです。

『従業員の安全・安心な就業環境の確保、および職場におけるカスタマーハラスメントの防止や事業者間の事実確認への協力等を目的として、関係する他の事業者との間で必要な範囲の情報を取得、または提供することがある』

このように、根本的な大義名分である「安全・安心な就業環境の確保」と、具体的な実務である「事業者間の事実確認への協力」の両方を明記しておくことが極めて重要です。この二つを併記することで、いざ他院と情報をやり取りする場面になったときの「法的な説明のつきやすさ」は劇的に変わります。就業規則の整備と並行して、プライバシーポリシーや個人情報の利用目的の見直しを行うことは、組織として避けて通れない重要な防衛策です。

施行前に急ぐべき外部専門家との連携

ここまでお話ししてきた枠組みは、2026年の法改正と指針に基づく新しい制度であり、どう実務が進んでいくかを示す確固たるリーディングケース(判例)は現時点では存在しません。

だからこそ、自己流の判断で突き進むのは非常に危険です。就業規則の見直しについては労働法の専門家である社会保険労務士や弁護士と、個人情報の利用目的の整理については個人情報保護に詳しい専門家と、それぞれ早い段階から連携しながら進めることを強くお勧めします。

これらの制度を正しく設計できれば、加害者が同業者や他法人の職員であった場合、その勤務先への協力依頼は、理全なハラスメントに対抗するための思いのほか強力な武器になります。しかし武器は、使い方を誤れば自らを傷つける道具にもなります。整備すべきところをしっかりと整備し、理論を頭に入れた上で運用していく姿勢が求められています。

まとめと結び

本ブログでは、「同業者が加害者になりやすい」という医療現場特有のリアルな実態を踏まえ、事業者間ハラスメントに備えるための就業規則と個人情報保護の重要性について解説しました。

「自分たちの職員も、一歩外に出れば加害者になり得る」という視点は、これまであまり直視されてこなかった課題です。しかし、就業規則で業務とプライベートの線引きを明確にし、個人情報の利用目的に「安全・安心な環境の確保」と「事実確認への協力」を整えておく。この地道な準備さえ済ませておけば、いざという時に組織と現場のスタッフを守る強力な盾となります。今後の行政の動きを注視しつつ、今できる足元の整備を着実に進めていきましょう。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の医療安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで、ご依頼に応じて市内の病院や施設で、数多くの相談対応や研修、講話を行ってまいりました。現場で起きる様々なトラブルに対し、机上の空論ではない、実務に即した課題の根本解決をご提案することを信条としています。

もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、窓口となるご担当者様が個別で深いお悩みを抱えているケースも少なくないようですが、どうぞご安心してお気軽にお声がけください。

本日も最後までブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。日々、最前線で患者様・利用者様と真摯に向き合っておられる医療・介護の現場の皆様に、心からの敬意を表します。今日もお疲れ様でした。

【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

公的エビデンス(参考資料)

  • 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)|厚生労働省
  • 労働施策総合推進法等一部改正法律案 新旧対照表(原案)|厚生労働省
  • 令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!カスタマーハラスメント対策の義務化|厚生労働省
  • ※本ブログ内で触れた関西電力事件(最高裁昭和58年9月8日判決)・日本鋼管事件(最高裁昭和49年3月15日判決)・横浜ゴム事件(最高裁昭和45年7月28日判決)、および個人情報保護法の関連規定については、複数の法律専門家による解説記事を基に、一般的な考え方として要約したものです。就業規則の規定例も含め、実際の運用にあたっては、個別の事情を踏まえて顧問弁護士・社会保険労務士にご確認いただくことをお勧めし
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