【医療現場の防衛術】外国人患者のカスハラと未払いトラブルを防ぐ実務対応の極意

言葉の通じない外国人観光客が来院し、母国の医療文化を押し付けてきて対応に苦慮した。あるいは、高圧的な態度で理不尽な要求を受け、現場のスタッフが疲弊してしまった。さらには医療費の未払いが起きている。昨今、このようなお悩みを抱える医療機関が急増しています。

「外国人だから対応したくない」というのが現場の率直な本音かもしれません。しかし、それを理由に診療を断ることは法的なリスクを伴います。本ブログでは、言葉の壁や文化の違いから生じる「ペイシェントハラスメント(カスハラ)」や「支払いトラブル」に対し、医療機関がいかにしてルールに基づいた毅然とした対応をとるべきか、具体的な仕組みづくりと現場を守る極意について解説します。このブログを読むことで、感情論に流されない、明確で安全な実務対応の道筋が見えてくるはずです。

目次

ある町のクリニックで起きたこと

先日、ある病院から私のもとに切実な相談が寄せられました。国名はあえて伏せますが、その病院に、母国から来た外国人観光客が発熱を訴えてやってきました。言葉がなかなか通じない中、患者さんは身振りと片言の単語で「点滴を打ってくれ」「ここで半日寝かせてくれ、自分の国ではみんなそうしてもらえる」と繰り返し強く訴えたそうです。

診察してみると、症状は風邪の範囲内で、医学的に点滴が必要な状態ではありませんでした。医師の診断としては、注射と内服薬の処方で十分です。そのように判断し、適正な対応を行いました。そもそもそのクリニックには、半日横になれるような余裕のあるスペースなどありませんし、待合室には他の患者さんも順番を待っています。幸い、その場での支払いに関するトラブルにはなりませんでした。

しかし、病院側が私に相談してきた真の悩みはここからでした。「点滴を打ってほしい」「半日寝かせてほしい」という母国の医療文化に基づく要求を、あたかも当然の権利であるかのように、かなり高圧的な態度で主張されたというのです。現場のスタッフは大きなストレスを抱え、「うちのようなクリニックでは、正直、外国人の患者さんにはもう対応したくない」というのが、その病院の偽らざる本音でした。

この相談を受けて、私がまずお伝えしたのは、外国人患者への向き合い方には、実は「してはいけないこと」と「していいこと」の明確な境界線が存在するということです。本日は、この頭の整理についてお話ししたいと思います。

「外国人だから」を理由に扱いを変えることはできない

まず大前提として押さえておかなければならない法的ルールがあります。それは、外国人であることのみを理由に、日本人患者と取扱いを変えることはできないということです。これは差別の問題であると同時に、医師法で定められた「応召義務」の違反にもつながり得る重大な問題です。

このことは、令和元年(2019年)12月25日付の厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」において、はっきりと明示されています。同通知には次のように書かれています。

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)

「外国人患者についても、診療しないことの正当化事由は、日本人患者の場合と同様に判断するのが原則である。文化の違いや言語の違いなど、日本人患者とは異なる点があるが、これらの点のみをもって診療しないことは正当化されない。ただし、文化や言語の違い等により、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない。」

つまり、「外国人だから」「言葉が通じないから」という単なる事実だけでは、診療を断る正当な理由にはならないのです。つまり、外国人だからと言って診療を断ってはいけないのです。しかし、その状態が原因で「診療行為そのものが著しく困難になる事情」があれば話は別だという、二段構えのルールになっています。この線引きを現場のスタッフが理解しているかどうかで、いざという時の対応の適法性はまったく変わってきます。

著しい支障とインフォームド・コンセントの関係

ここで見落としてはならないのが、通知の後半にある「ただし書き」の存在です。外国人だからという理由だけでは診療を拒めない原則に対する、正当な例外が示されています。

この判断の根底にあるのは、医療の基本である「インフォームド・コンセント(説明と同意)」の考え方です。医療行為は、患者本人に病状や治療方針を説明し、本人がそれを理解し納得した上で同意を得て、初めて実施できるものです。言い換えれば、言語が違うこと自体が問題なのではなく、「本人に説明が伝わらず、理解・納得した上での同意を得られない状態」こそが、診療の実施を妨げる本質的な支障になるということです。

したがって、この例外規定を使えるかどうかは、「言葉が通じない」という表面的な事実だけで判断してはいけません。翻訳アプリの活用、通訳の手配、電話通訳サービスの利用など、現場でとり得るさまざまな手を尽くしたにもかかわらず、患者本人がそれに協力しようとしない、あるいは通常の翻訳アプリ等では理解しようとする姿勢すら見られないなど、「努力を尽くしてもなお意思疎通が成立しない」という事実の積み重ねが必要です。ここを怠り、「言葉が通じないから」という一言だけで診療を断れば、それは不当な対応そのものになってしまいます。

その上で、実際にこの例外に該当すると判断し、診療をお断りする場合であっても、対応はそこで終わりではありません。外国人患者の受入れが可能な、他の医療機関を紹介するといった「代替措置」を講じることは欠かせません。そして、どのような手段を尽くし、患者がどのように反応し、最終的にどのような判断に至ったのか、そのやり取りの経緯を必ずカルテや日報に記録として残しておくこと。これができて初めて、「外国人だから拒否した」のではなく「尽くすべき手を尽くした上で、対応できなかった」という正当性を、後から証明できる状態になるのです。

医療現場におけるカスハラ(ペイハラ)への正しい向き合い方

冒頭の事例のように、外国人患者との対応が難航し、高圧的な要求を受ける背景には、いくつかの要因が重なっています。母国の医療文化の物差しをそのまま持ち込む心理や、言葉の壁が生む苛立ちが、結果として強い口調や態度となって表れるのです。

こうした行為は、一般的なビジネスの場では「カスタマーハラスメント(カスハラ)」と呼ばれますが、医療機関においては「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」として社会問題化しています。ここで大事なのは、「外国人だから」という理由だけで治療内容に差をつけてはいけない一方で、「外国人だから」という理由だけで理不尽な要求やハラスメントを甘受しなければならないわけではない、という事実です。この二つはまったく別の問題です。

労働施策総合推進法などの法律の文脈においても、雇用主(医療機関の経営層)には、働くスタッフを守るための「安全配慮義務」があります。患者の要求が暴言や居座り、度を越えた長時間のクレームに発展した場合、それは明確なカスハラ(ペイハラ)です。言語の壁があるからといって、スタッフが不当な攻撃に晒され続ける状態を放置することは、組織の危機管理として許されません。

緊急性を要しない場面であれば、その場での毅然とした対応が可能ですし、緊急性を要する場面であれば、まずは医療を優先し、事後に警察等と連携して対応するという整理になります。マスコミが面白おかしく取り上げやすいテーマであるからこそ、危険察知能力を発揮し、やるべきことをやった上で事実を記録に残しておくことが、医療機関と現場のスタッフ自身を守ることにつながるのです。

もう一つの大きな壁、医療費の支払いと未収金問題

外国人患者対応において、カスハラと並んで医療機関を深く悩ませているのが、医療費の支払い・回収の問題です。

厚生労働省が2024年7月に公表した実態調査によれば、外国人患者の受入れ実績がある病院の18.3%で未収金が発生しています。月間の未収金総額が1万円以下という医療機関が多い一方で、一部には月間500万円を超える未収金を抱える医療機関も存在すると報告されています。北海道の事例集などでも、クレジットカードが使用できず一時的に未払いとなった事例や、退院後の医療費が結局回収できなかった事例が具体的に記録されています。

こうした深刻な状況を受けて、国も対策に乗り出しています。厚生労働省は「訪日外国人受診者医療費未払情報報告システム」の運用を見直し、これまで「20万円以上の不払いがある場合」としていた報告基準を、2026年4月からは「1万円以上」へと大きく引き下げて運用を開始しています。この情報は出入国在留管理庁に提供され、次回入国時の審査に活用される仕組みになっています。つまり、支払い問題は個々の医療機関だけの問題ではなく、国の出入国管理政策とも結びついた構造的な課題として位置づけられているのです。

現場の実務対応としてまず基本となるのは、初期段階での支払い能力の確認です。保険証の有無、保険の種類、クレジットカード払いに対応できるか、そのカードが実際に使えるものかどうかを、可能な範囲で早い段階で確認します。医療費が高額になる可能性がある場合には、前払いや預かり金を受け取るルールを、医療機関それぞれにおいて規定をつくるなど定めておくことも非常に有効な手立てです。

もし、その患者が過去にも同様の未払いを起こしている事実が確認できる場合、それは悪意の推定に当たり得ます。緊急性を要しない診療であれば、過去の未払い分も含めて預かり金の支払いを求め、それが果たされない場合には診療をお断りするという対応も、正当な理由として認められ得ると考えられます。緊急の場合は、まず治療を優先し、受診時にパスポートのコピーを取っておくといった事後対応の準備を確実に行うことが基本動作となります。

👉外国人患者に限らず、一般の患者様との間に生じる悪質な医療費未払い問題やペイハラに対して、法的根拠(応召義務)をもとにどう組織を守るべきかについては、こちらの記事で詳しく解説しています。併せてぜひご覧ください。
『【応召義務の大転換】元警察署長が教える医療現場のカスハラ対策と悪質な医療費未払いへの正しい対処法』https://shibaken-poli.com/2026/09/01/%e3%80%90%e5%bf%9c%e5%8f%ac%e7%be%a9%e5%8b%99%e3%81%ae%e5%a4%a7%e8%bb%a2%e6%8f%9b%e3%80%91%e5%85%83%e8%ad%a6%e5%af%9f%e7%bd%b2%e9%95%b7%e3%81%8c%e6%95%99%e3%81%88%e3%82%8b%e5%8c%bb%e7%99%82%e7%8f%be/

ゴムマリ理論で考える、対応の伸縮性

私はこうしたトラブル対応の場面を、よく「ゴムマリ理論」で説明しています。組織が果たすべき対応の範囲は、相手の言動や状況の深刻さに応じて、ゴムマリのように柔軟に伸び縮みするという考え方です。

初めて来院した外国人患者が、悪意のない文化的な誤解から要求をしているのであれば、翻訳アプリや通訳サービスを使い、丁寧に説明を尽くすという「伸びた対応」が求められます。しかし、過去に未払いを繰り返している、あるいは高圧的な態度で理不尽な要求やカスハラを続けるという事実があれば、組織としての対応の範囲は正当に「縮んで」よいのです。

大切なのは、その伸縮の判断を、現場のスタッフの個人的な感情ではなく、あらかじめ定められたルールと、記録された事実に基づいて行うことです。頻度が多い、あるいは今後増えることが予想されるのであれば、支払い方法やハラスメントに関する対応マニュアルとして整備しておくことを強くお勧めします。

早い段階での第三者連携を

外国人患者対応が難しいと感じたら、決して現場だけで抱え込まず、早い段階で外部の専門家や関係機関と連携することが肝要です。電話通訳サービス、弁護士、地域の医師会、そして必要に応じて警察や出入国在留管理庁。これらとの連携ルートを平時から把握し、いざという時の連絡先をリスト化しておくことが、初動の対応スピードを大きく左右します。

訪日外国人観光客がこれからも増えていく以上、この課題は都市部だけの特別な問題ではなく、いずれ全国のあらゆる医療機関にとって「明日は我が身」の問題になっていくはずです。今のうちからルールを整え、仕組みとして備えておくことが、何より現場のスタッフの心と身体を守ることにつながります。

まとめと結び

「外国人だから」という理由だけで治療内容や対応を変えることは、差別であり法的にも許されません。しかし同時に、「言葉が通じない外国人だから」という理由だけで、理不尽な要求やペイシェントハラスメントを受け入れなければならないわけでもありません。

この二つを混同せず、翻訳等のできる措置をきちんと取った上で、その経緯を克明に記録に残しておくこと。そして未収金などの支払い問題については、感情論を排し、パスポートの確認や預かり金といったルールに基づいた対応を平時から仕組み化しておくこと。これが、外国人患者対応において医療機関とスタッフを守る、最も確実な方法です。

私は、元警察署長としての危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで依頼に応じて市内の病院で数多くの相談対応や研修・講話を行ってまいりました。もし組織の安全管理やハラスメント対応などでお困りのことや、ご相談になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、担当者が個別でお悩みの場合もあるようですがご安心してお気軽に。

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