【110番は病院の武器】変死体対応から学ぶ、医療現場のカスハラを未然に防ぐ警察連携

患者さんが予期せぬ形で亡くなられたとき、「警察に届出をすべきか」「ご遺族から医療ミスを疑われ、激しいクレームに発展するのではないか」と、強い不安を抱く医療従事者の方は少なくありません。実際に、昨今社会問題化しているカスタマーハラスメント(カスハラ)は、医療現場においては「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」として、職員の皆様の心身を深く削っています。このブログを読むことで、難解な医師法の届出義務の解釈や、ご遺族とのトラブルを防ぐための具体的な解決策、そして警察という外部機関を「病院を守る盾」としてどう活用すべきか、その道筋が明確になります。日々現場で命と向き合う皆様の不安を少しでも軽くするための、実践的な考え方をお伝えします。

目次

医療機関と警察をつなぐ「検視」という見えない激務

「先生、通報していただいて大丈夫です」──。 私が警察に身を置いていた頃、あるいは現在、医療安全対策支援アドバイザーとして活動する中で、現場の医師の皆様に幾度となくお伝えしてきた言葉です。

まずは、少しショッキングな数字からお話しさせてください。福岡県内で、警察官が出動して確認する死体取扱件数は、警察庁の統計によれば令和6年中で6,668件にのぼります。このうち、検視官が実際に現場へ臨場した割合は91.3%という極めて高い水準です。令和元年には5,541件だったこの数字が、令和5年には6,467件、令和6年には6,668件と、ここ数年で着実に、そして急激な増加傾向を見せています。

この膨大な数字は、それだけの数、地域の医師の皆さんに検案などの多大なご理解とご協力をいただいているという揺るぎない事実を示しています。そして同時に、この増加傾向は、我が国が直面している「超高齢化社会と孤立化」という構造的な課題の表れでもあるのです。

警察が行う「検視」という業務には、大きく分けて二つの種類が存在します。

一つ目は「司法検視」です。これは、犯罪に起因する疑いのある死体、いわゆる「変死体」を対象に行われるもので、根拠は刑事訴訟法第229条にあります。法律上は「変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない」と定められており、実務においては同条2項に基づき、検察官が検察事務官や司法警察員(警察官)に代行させる「代行検視」が大部分を占めています。

二つ目は「行政検視」です。こちらは犯罪性がないことが明らかな死体を対象としており、比較的新しい法律である「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(死因・身元調査法)」が根拠となっています。この法律の目的は、単なる事件性の有無の確認にとどまらず、死因究明や公衆衛生の向上、そして被害の拡大防止にあります。たとえ犯罪とは無関係の死であっても、死因や身元を医学的・客観的にきちんと調査し、ご遺族にその状況を丁寧に説明することは、公衆衛生の維持とご遺族の心の安寧に深く資するものだと私は確信しています。

しかし、この検視という仕事は、24時間365日、全く時間を選びません。深夜であれ、土日の休日であれ、大晦日やお盆、ゴールデンウィークであれ、人の死は突然訪れます。一件の変死事案が発生すれば、警察官が3〜4名現場へ急行し、ご遺体の確認、関係者からの事情聴取、実況見分、その後の膨大な書類作成から報告、写真整理までを原則としてその日のうちに終わらせなければなりません。拘束時間はおおむね5〜6時間、事案によってはそれ以上に及びます。この身体的・精神的な負担の大きさは、外からはなかなか見えにくい「見えない激務」なのです。

なぜ、これほどまでに件数が増加しているのでしょうか。その背景には、高齢化の進展に伴い、自宅で一人暮らしのまま、誰にも看取られずに息を引き取られる方が急増しているという、現代社会特有の事情があります。かかりつけ医がいない状態で発見される、あるいは発見が遅れて死後しばらく経ってから見つかるといった孤独死のケースでは、当然ながら死因を医学的に即座に断定することが極めて困難になります。行政検視・司法検視のいずれであっても、より慎重で綿密な確認作業が必要となるのです。

そして何より強調したいのは、地域の医師の皆様の献身的なご協力なくして、この検視業務は絶対に成立しないということです。医療従事者の皆様は、地域の公衆衛生のみならず、治安維持にとっても非常に大きく、欠かせない存在です。警察としては、常に積極的に協力を求めたい、頼りにしたい存在なのです。ここは、元警察署長として声を大にして申し上げたいところです。

医師法第21条の届出義務と最高裁判決が示す「限界」

さて、こうした検視の実務において、医療機関が最も直接的に関わり、かつ頭を悩ませるのが「医師法第21条の届出義務」です。

同法第21条には、「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と明確に規定されています。

しかし、この「異状がある」という言葉の解釈をめぐって、過去に医療現場と警察・司法の間で大きなハレーションが起きました。それが、都立広尾病院事件(平成16年4月13日最高裁決定)です。医療ミスの疑いに伴う届出義務違反が問われたこの重大な事案において、最高裁判所が示した結論は、医療界に大きな波紋を広げました。

最高裁が示した法解釈は、いわゆる「外表異状説」と呼ばれるものです。簡単に言えば、「ご遺体の外表(外側)に客観的な異状を認めたときに届け出てください」という基準です。たとえば、救急搬送されてきた患者さんに殴られた痕がある、刃物で刺された痕がある、あるいは不自然な骨折の痕がある、といったように、外見から見て明らかに客観的な異状が認められる場合にのみ、医師法21条に基づく警察への届出義務が生じる、というのが最高裁で確定した現在の法解釈です。

これを逆に言えば──ここは判決文の趣旨をよく読み込んでいただきたい重要なポイントなのですが──患者さんに対する診療の経緯や、死因に至る医療行為の過程そのものは、この第21条の「異状」の判断要素には含まれない、という整理になります。

つまり、極端な話をすれば、仮に医療行為そのもの(投薬ミスや手技のミスなど)に起因して患者さんが亡くなった場合であっても、医師が検案を行った時点でご遺体の「外表上」に異状所見が残っていなければ、医師法21条に基づく警察への届出義務はない、という解釈も論理的には成り立ちうるのです。

この判決は、医師を不当な刑事責任から守る一定の歯止めになった一方で、現場に「では、医療行為に疑義があるが外表に異状がない場合、どうすればいいのか?」という深いグレーゾーンと迷いを残すことになりました。

悲しみが転化する「医療現場のペイハラ」を防ぐために

医師法21条の届出義務がないからといって、すべてが丸く収まるわけではありません。むしろ、ここからが医療機関にとって真の危機管理のスタートとなります。

医療ミスが疑われる事案、あるいは医療側には全く過失がないにもかかわらずご遺族から「ミスではないか」と指摘を受けかねない事案については、警察への届出義務の有無にかかわらず、ご遺族との間で大いに揉め、ときには長期化する民事裁判にまで至るケースが後を絶ちません。

ここで強く意識していただきたいのが、昨今ニュースでも頻繁に取り上げられる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の存在です。医療現場においては、労働施策総合推進法などの文脈も踏まえ、厚生労働省の公式見解等に則り「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」と呼称されます。本質的な構造は同じですが、医療現場におけるペイハラは、他業種のハラスメントよりもはるかに複雑で感情的になりやすいという特徴を持っています。

なぜなら、ご遺族の怒りや理不尽な要求の根底には、「大切な家族を突然失った深い悲しみ」や「なぜ亡くなったのか分からないという当惑」があるからです。この悲しみや当惑の行き場がなくなったとき、それは矛先を変え、医療従事者への激しい怒りや理不尽なクレーム(ペイハラ)となって噴出します。

こうしたトラブルの芽を摘み、凄惨なペイハラへの発展を未然に防止するために最も重要かつ唯一の根本解決策は、医師や病院幹部がご遺族と真正面からしっかり向き合い、丁寧なコミュニケーションを取り、医学的な事実に基づく説明を尽くすことです。

以前の別の場でも申し上げたことがありますが、この「ご遺族と向き合うプロセス」を面倒くさがったり、クレームを恐れて意図的に避けたり、事務スタッフだけに丸投げしたりすると、不信感は雪だるま式に膨れ上がります。結果として、初期対応の何十倍、何百倍もの多大な労力と時間、そして精神的苦痛を職員全員が強いられることになります。逃げずに向き合う姿勢こそが、一見遠回りのようでいて、実はトラブルを最小限に抑える一番の近道なのです。

そしてもう一つ、組織のガバナンスとして極めて重要なのが「客観的な視点・公平性」を外部から取り入れる仕組みづくりです。当事者である病院とご遺族だけでは、どうしても感情がぶつかり合い、平行線になりがちです。

そこで、たとえば医師会の医療安全対策部門や調停委員会へ早期に相談する。あるいは、先ほどの外表異状説のグレーゾーンであっても、あえて警察へ相談・通報し、客観的な事実関係の整理を委ねる。その場では煩雑に感じられ、及び腰になるかもしれませんが、広い視野、高いところから俯瞰して考えれば、外部機関の介入を許容することが、最も効率的で透明性の高い紛争予防、そしてペイハラ対策につながるのです。

責任を背負い込まない「たすきリレー理論」

ここで一つ、現場の医師の皆様の心理的ハードルを下げるために、私が提唱している考え方をフレームワークにしてお伝えしたいと思います。名付けて「たすきリレー理論」です。

お正月の風物詩である駅伝を想像してみてください。一区を走る選手は、全力を尽くして走り抜き、次の走者にたすきを渡した時点で、自分の役割を見事に終えます。決して、最終区のゴールテープを切るまで一人で責任を背負い続けるわけではありません。

医師と警察の関係も、まさにこの駅伝の「たすきリレー」と全く同じだと私は考えています。

医師が担うべき役割は、専門的な医学的所見を見立てるという「一区」を全力で走ることです。「自分は法医学の専門家ではないから、安易に死因を断定したり警察に関わったりするのは怖い」という声をよく耳にしますが、それはある意味で当然のことです。医学部のカリキュラムにおいて法医学や検視の実務に割かれる時間はごくわずかであり、医師国家試験でも数百問中ほんの数問出題される程度に過ぎません。特定の診療科で日々の臨床医療に心血を注ぎながら、同時に法医学の最前線にも精通しているという先生は、法医学教室で専門に研究されている方以外、まずいらっしゃらないでしょう。

だからこそ、その後の区間を走るために、警察官が存在するのです。警察官は、数多くの変死体や事件性の判断を扱う経験を日々積んでいます。先生方が持つ高度な医学的専門知識という「たすき」さえしっかりと受け取ることができれば、事件性の有無を含めた最終的な法的判断は、警察官が引き受けます。医師がすべての責任を背負い込む必要は全くありません。

また、警察へ協力した結果、裁判への出廷を求められることを危惧される先生もいらっしゃいます。強制採尿や強制採血、あるいは被害者の診断等での協力要請の場面で、「もし裁判になったら、厳しい追及を受けて責任を問われるのではないか」という不安の声を聞くことがあります。

しかし、私自身も警察の現職時代に何度も証人として法廷に立ってきましたが、証人尋問で聞かれるのは徹底して「事実」だけです。ご自身の見立てた事実や行った処置について述べるだけでよく、法的責任の範囲にまで踏み込んで答える必要はありません。自分が医学的見地から分かっていること、客観的に記録されていることだけを淡々と答えればよい仕組みになっています。最終的な真実相当性や法的責任の判断は裁判官が行うことであって、一人の医師が法的な重圧を孤独に引き受けるようなことには絶対になりません。どうか、安心してたすきを渡していただきたいのです。

病院と職員を守る最大の武器「110番」と日頃の連携

私自身、長年の警察業務を通じて、警察署からの「医学的な助言が欲しい」という切実な要望と、医師会からの「地域の治安や公衆衛生のために検案業務に協力してもよい」という意思をマッチングし、双方の連携強化の一助を担ってまいりました。

特に、警察にとって最も人手も専門知識も不足しがちな深夜・休日・年末年始・お盆・ゴールデンウィークといった時間帯にも柔軟に対応していただける、地域で開業されている先生方の存在は、言葉では言い表せないほどありがたいものです。条件が合う先生には、地域社会の安全網を守る一員として、ぜひ積極的に検視・検案業務にご協力いただきたいと強く願っています。

そして、この警察との協力関係の構築は、先ほど述べた「ペイハラ対策」にそのまま直結します。

病院内で理不尽な暴言や暴力、防犯上の脅威、あるいは不法行為が発生したとき、さらには医療機関の自浄努力だけではどうにもならない事態に直面したとき、最後に頼るべき確固たる盾は「110番」であり、警察官です。

いざという時にためらわず警察に助けを求めるためには、日頃から様々なチャンネルを通じた人間関係や協力関係を築いておくことが非常に大きな意味を持ちます。「普段から検案で協力してくれている〇〇クリニックからの通報だ」「いつも連携している〇〇病院でトラブルが起きている」となれば、警察側の初動や状況理解も格段にスムーズになります。

警察への協力要請、あるいは公益目的のための警察への通報を「患者を裏切る行為だ」と思い悩む必要はありません。それは、病院という組織を守り、日夜身を粉にして働く職員を守り、そして何より、他の多くの善良な患者さんが安心して医療を受けられる環境を守るために、絶対に必要なリスクマネジメントなのです。警察との強固な協力関係そのものが、医療機関にとって最大の「武器」であり「盾」になる──そう私は確信しています。

👉実際に、患者の犯罪行為(覚醒剤使用など)を警察に通報することが「守秘義務違反」には当たらず「正当行為」として認められた最高裁判例もあります。公益のための警察連携と守秘義務の境界線についてより深く知りたい方は、ぜひこちらの記事も併せてご覧ください。 『【守秘義務の限界】医師はどこまで警察に通報すべきか?最高裁決定から読み解く病院のカスハラと安全配慮の鉄則』 (※9月17日現在未公開のブログでしたので公開後URL貼り付けます)

おわりに

本ブログでお伝えしたかったのは、検視・検案という業務が、想像以上に多くの警察官の時間と労力、そして何より医師の皆様の深い理解と協力という土台の上に成り立っているという偽らざる実態です。

そして、その協力関係は単なる行政手続きの一環にとどまらず、医療機関自身を激化するペイハラや不測の法的トラブルから守るための「日頃からの強力な備え」でもあるということです。

医師法21条の届出義務について、最高裁の「外表異状説」という解釈だけを見れば、実務上グレーゾーンが残る部分があるのは事実です。しかし、法律の隙間を探して責任を回避することよりも、ご遺族の悲しみに対する誠実な向き合い方と、警察や医師会といった外部機関との日頃からの風通しの良い連携こそが、結局は病院を救い、大切な職員を守り、ひいては患者さんを守る最善にして最強の道だと私は考えています。

私は、元警察署長として長年危機管理の最前線で指揮を執り、財務省・国税庁への出向という行政の中枢での経験も積んでまいりました。現在は、福岡市医師会医療安全対策支援アドバイザー、そして看護専門学校の講師として、医療現場の最前線で働く皆様からのリアルなご相談対応や、組織防衛のための研修・ご講話に日々携わっております。

これまでも、ご依頼に応じて市内の数多くの病院へ赴き、現場の課題解決に向けたアドバイスを行ってまいりました。 「検視や検案について、うちのクリニック・病院はどう体制を備えておけばいいのか分からない」 「医療ミスを疑われそうで、ご遺族とどう向き合えばいいか深く悩んでいる」 「深夜や休日の急変時、あるいは激しいペイハラに直面したとき、警察や医師会とどう連携すればいいのか具体的な仕組みを知りたい」 ──こうした組織の安全管理やガバナンス、ハラスメント対応などでお困りのことや、少しでもご相談(ごあいだい)になりたいことがあれば、どうぞ遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、経営層の方だけでなく、現場の担当者様が個別でお悩みの場合もあるかと思います。どうぞ安心してお気軽に声をかけてください。

本日も最後まで本ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。日々、地域医療の最前線で患者さんの命と真摯に向き合っておられる皆様に、心からの敬意を表します。今日もお疲れ様です。

【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】

👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)

(公的エビデンス:冒頭の福岡県における死体取扱件数は、警察庁「都道府県別の死体取扱状況」令和5年中分(https://www.npa.go.jp/publications/statistics/shitai/todouhuken/20240216_kenshi2.pdf)および令和6年中分(https://www.npa.go.jp/publications/statistics/shitai/R6Todouhukennbetsu.pdf)による。令和元年分の数値は厚生労働省資料(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/sankoushiryou1-14.pdf)による。警察庁「死体取扱状況」統計ページ全体はこちら:https://www.npa.go.jp/publications/statistics/shitai/shitaitoukei.html 。)

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