日々の業務、本当にお疲れ様です。 最近、患者さんやご家族からの理不尽な要求や、強い言葉によるクレームに直面し、対応に苦慮されている医療機関が急増しています。一般の企業では「カスハラ(カスタマーハラスメント)」と呼ばれるこうした事案は、医療現場においては「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」として、スタッフの心身を削り、安全な医療の提供を脅かす深刻な課題となっています。 このブログを読むことで、現場のスタッフが良かれと思って行った行為がクレームに発展してしまった際の具体的な対応策や、当事者の心理メカニズム、そして組織を守るための「ゴムマリ理論」について深くご理解いただけます。現場の最前線で奮闘される皆様の不安を少しでも軽くし、組織として迷いなく対応できる仕組みづくりの一助となれば幸いです。
医療現場をむしばむカスハラとペイハラの現実
近年、社会問題化しているカスハラですが、医療機関においてはさらに複雑な様相を呈します。法律上(労働施策総合推進法など)の文脈では共通してカスハラとして扱われますが、厚生労働省をはじめとする医療分野の公式見解では、患者さんやそのご家族からの著しい迷惑行為をペイシェントハラスメント(以下、ペイハラ)と定義しています。
医療現場でのカスハラ、すなわちペイハラが一般企業のクレーム対応よりも難しい理由は、患者さんが痛みや不安という強いストレスを抱えている点、そして医療機関には医師法第19条に基づく「応召義務(正当な理由なく診療を拒んではならない義務)」がある点にあります。これらが複雑に絡み合い、現場のスタッフは「どこまで耐えればいいのか」「どこから毅然と対応していいのか」という判断に迷い、結果として疲弊してしまうのです。
痛みの訴えから始まるトラブル:リハビリ現場の事例から
先日、ある医療機関のリハビリテーション部門から深刻なご相談をいただきました。現場でどのようなトラブルが起き、それがどのようにカスハラへと発展していくのか、具体的な事例を通して考えてみましょう。
足首の硬直を改善するために通院されていた患者さんに対し、経験豊富で責任者を務めるベテラン理学療法士がリハビリを行っていました。その際、比較対象として反対側(健康な側)の足の可動域を確認する目的で、ごく標準的な力加減で曲げる検査を実施しました。これは特別に強い力を加える必要のない検査であり、過去に同様の訴えが出たこともない、日常的な手技だったといいます。
ところがその瞬間、患者さんから「痛い」との強い訴えがありました。実際にその直後から痛みが生じたこと自体は、動かしがたい事実でした。患者さんはすぐさま「これは医療ミスだ、慰謝料を払え」と強く主張し、対応した理学療法士も驚きと申し訳なさから、その場で謝罪の言葉を述べてしまいました。
病院側は即座にレントゲン撮影、触診、問診など必要な検査をすべて行いました。その結果、骨折や腫瘍などの異常は一切認められず、軽度の捻挫という診断のもと、湿布などによる通常の保存療法で経過を見るのが妥当という医学的判断に至りました。
しかし、患者さんはこの説明に全く納得しませんでした。医療ミスであるとの主張をさらに強め、「それが認められないなら、当院での診療そのものを拒否する」という強硬な姿勢を崩さなかったのです。
私がご相談を受けてまず感じたのは、この一件を医療ミスと評価するには客観的に見てかなり無理がある、ということでした。健康な側の関節可動域を通常の力加減で確認する行為自体に過失を見出すのは難しく、また痛みの発症が本当にその検査行為によるものなのか、あるいは筋肉の硬直など他の要因がたまたまその場面で顕在化したのか、因果関係を明確に証明することは困難です。容易に医療側の責任を認められる状況ではありませんでした。
👉このように患者さんから「医療ミスだ」と強く主張された際、それが正当なクレームなのか、それとも過剰なペイハラなのかをどう切り分け、組織として対応していくべきか。現場を守るための具体的な考え方については、以下の過去記事でも詳しく解説していますので、ぜひあわせてお読みください。
『【クレーマーか医療事故か】現場を守る2つのベクトルとペイシェント・ハラスメント対応術』
(https://shibaken-poli.com/2026/08/14/%e3%80%90%e3%82%af%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%81%8b%e5%8c%bb%e7%99%82%e4%ba%8b%e6%95%85%e3%81%8b%e3%80%91%e7%8f%be%e5%a0%b4%e3%82%92%e5%ae%88%e3%82%8b2%e3%81%a4%e3%81%ae%e3%83%99%e3%82%af/)
思い込みと感情が対立を固定化する二つの心理
客観的な過失や因果関係が不明確であるにもかかわらず、事態がここまでこじれてしまった背景には、双方の心の中に存在する目に見えない壁が存在していました。
患者側の心理として、痛みという主観的な体験と、その直前に行われた行為を直感的に結びつけてしまうのは、ある意味で自然な心の働きです。「さっき足を曲げられたから痛くなったのだ」という素朴な因果推論は、本人にとっては揺るぎない真実であり、論理や医学的な説明で説得しようとしても簡単には崩れません。さらに、一度「医療ミスだ」「慰謝料を払え」と口に出し、周囲にもそう説明してしまうと、後から「思い違いだった」と前言を撤回すること自体が、心理的に極めて高いハードルになります。自分の主張を維持し続けることが、いつの間にか事実の確認よりも優先されてしまうのです。
一方で、今回私が強く印象に残ったのは、実は医療者側、特に院長の心理でした。院長は「自分たちは決してそのようなミスは行っていないのだから、患者の主張は納得できない」「医師会の医事紛争処理・調停委員会に届け出ること自体が、自分たちの落ち度を認めるようで到底納得がいかない」として、第三者機関への相談すら強く拒みました。
これは長年、地域医療を支え、患者さんに真摯に向き合ってきたという強い責任感と自負の裏返しでもあります。その高いプライドが、「ミスを疑われる立場に置かれること」への強い抵抗感に変わってしまった状態と言えます。皮肉なことに、患者さん側の強い思い込みと、院長側のプライドゆえの拒絶は、根っこの部分でよく似た心理構造をしています。どちらも、客観的な事実の検証よりも先に、自分の中の確信や感情を守ろうとしてしまっていたのです。
客観的証拠なき対立の危うさ:不妊治療クリニックの判例から学ぶ
医療機関側が「自分たちは間違っていない」と主観的に確信していても、それだけで対応を進めることには大きなリスクが伴います。私は院長に対し、以前取り上げた不妊治療クリニックの診療拒否訴訟(東京地方裁判所令和3年3月30日判決)を例に挙げて説明を試みました。
この事案は、クリニック側が患者さん(男性)の交際相手と名乗る女性から度重なるクレームや迷惑行為を受けた末に、患者さん本人に対する診療を拒否し、結果として患者さんから慰謝料を請求され、裁判所がクリニック側に22万円の支払いを命じたというものです。
医師法第19条には先述した応召義務が定められていますが、厚生労働省が令和元年に出した「応召義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」という通知によれば、患者の迷惑行為(カスハラ・ペイハラ)により信頼関係が破壊された場合には、診療をお断りすることが正当化されるケースがあると明確にされています。
しかし、この裁判で問われたのは、客観的な事実確認を尽くしたかという点でした。クリニック側は、迷惑行為を行っていた女性と患者さんが裏で繋がっていると推測し、患者さん本人への確認や十分な調査を行わずに即日診療を打ち切りました。裁判所は、クリニック側の主観的な疑いだけでは診療拒否の正当な理由にはならないとし、事実関係の確認を怠った対応を違法と判断したのです。
病院側の主観がどれほど正しいと確信できても、それを裏付ける客観的な事実や調査の記録が積み上がっていなければ、裁判所など第三者からは「尽くすべき義務を尽くしていない」と厳しく評価されてしまいます。主観だけの対応がいかに危ういかを示す、非常に重要な教訓です。
状況に応じて果たすべき責任:「ゴムマリ理論」による現場対応
私が医療機関での指導や講話の場で繰り返しお伝えしている考え方に「ゴムマリ理論」というものがあります。
これは、患者さんとのそれまでの関係性、訴えの内容、実際に生じている結果や実害、初動対応の状況といった、その時々の事情を総合的に判断した上で、その場面で本来やるべきことをきちんとやり切る、という危機管理の基本姿勢です。そして、このやるべきことの中身そのものが、状況に応じてゴムマリのように小さく留まったり、大きく膨らんだりするというのがこの理論の核心です。
誤解されやすいのですが、これは「患者さんの怒りに応じて、病院側の譲歩を大きくする」という単純な話ではありません。伸び縮みするのは、あくまでその場面で組織として果たすべき手順や確認行為の範囲なのです。
今回のリハビリのケースのように、医療ミスの有無を客観的に肯定も否定もできる決定的な証拠がない場面では、病院側がやるべきことは決して最小限では済みません。むしろ大きく膨らみます。具体的には以下の両方を並行して行う必要があります。
第一に、医事紛争処理・調停委員会など、第三者の専門機関に対して公平な見解を求めて届け出ること。 第二に、その届出と並行して、患者さんご本人に対しても、時間をかけて丁寧に説明を尽くし、痛みに対する心情に配慮するといったケアをきちんと果たすこと。
第三者機関への相談だけを行って患者さんへの直接的なケアを置き去りにしてはいけませんし、逆に患者さんへの説明にとどまり、客観的な検証の場を用意しないままにしてもいけません。両方が揃って、初めてやるべきことをやり切ったと言えるのです。
ここが最も重要な点ですが、このやるべきことが一つでも抜け落ちると、最終的には、病院側の医療行為や業務そのものが法的に守られるべき要保護性を備えているかどうかが問われることになります。患者さんからの理不尽なカスハラに対して毅然とした対応をとるためにも、また損害賠償請求から組織を守るためにも、「病院側は尽くすべきことをすべて尽くしていた」という客観的な事実が必要不可欠なのです。
第三者機関との連携は「疑い」ではなく「証明の力」である
現場の医師や経営者の方とお話ししていると、外部の機関に相談することを「自分たちの落ち度を認めること」「能力を疑われること」と捉え、躊躇されるケースが少なくありません。しかし、ここで強く強調しておきたいのは、医師会の医事紛争処理・調停委員会のような第三者機関への相談は、決して疑われていることを意味しないという点です。
むしろ、客観的な事実関係が病院側に有利であればあるほど、第三者の専門的で中立的な検証は、自分たちの正しさを裏づける強力な証拠になります。院長が抱いた「自分たちは間違っていないのに、なぜ報告しなければならないのか」という感情は人間として痛いほど理解できます。しかし、危機管理の観点からは、第三者との連携を避けること自体が、みずから正当性の立証を放棄することにつながり、かえって病院側の立場を弱くしてしまうのです。
私が今回の院長に提案した際にも、もっとも力を込めてお伝えしたのはこの点でした。第三者機関への届出は、患者さんの訴えを頭から疑ってかかるものではありません。むしろ患者さんの言い分をいったんそのまま受け止め、性善説に立って手続きを進める、極めて誠実な対応です。
患者さんの主張を前提として、公平な第三者の目で事実関係を検証してもらう。その結果として「手技に問題はなく、医療ミスには当たらない」という客観的な結論が得られれば、それは長期化しがちなトラブルを収束させる最も確実な道筋になります。そして、もしその後も慰謝料などを求める理不尽な要求、つまりカスハラ・ペイハラが続くようであれば、客観的な裏付けを得た主張として、迷いなく毅然とした対応に切り替えることができるのです。
第三者機関への相談という一手は、トラブルの早期収束と毅然とした対応の後ろ盾という二つの効果を同時に得られる、もっとも堅実で現場を守るための選択なのです。
現場を守るための具体的かつ実践的な防衛策
患者さんへの誠実なケアを尽くしながらも、理不尽な要求に対してはしっかりと一線を引く。これを現場で実践するためには、精神論ではなく具体的な仕組みづくりが必要です。私が普段、医療現場の皆様にお伝えしている実務的なポイントをいくつかご紹介します。
まず、クレーム対応や面談の際は、必ず複数名で対応し、客観的な発言記録を残すことです。言った・言わないの水掛け論を防ぐための基本中の基本です。 次に、一回あたりの対応時間や、来院時の面談時間にあらかじめ上限(例えば30分など)を設けておくこと。時間が長引くほど感情的になりやすく、現場の疲弊を招きます。 そして、口頭でのやり取りが堂々巡りになり、平行線をたどるようになった段階で、「これ以上はお互いのために書面でのやり取りにさせてください」と、書面での申し入れに切り替えることです。
これらは決して相手を冷たく突き放すための技術ではありません。ゴムマリ理論でお伝えしたように、やるべきことをきちんとやり切った上で、なお続く理不尽な要求には応じないという一線を、組織としてぶれずに保つための大切な技術です。
労働契約法第5条には、使用者(医療機関)が従業員に対して負う安全配慮義務が定められています。さらに労働施策総合推進法に基づく指針や、厚生労働省が令和6年に改訂した医療機関向けのハラスメント対策マニュアルでも、顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)から労働者を守るための体制整備が強く求められています。現場のスタッフを孤立させず、組織全体で対応する仕組みを整えることは、法律が求める経営側の重要な責任でもあります。
当事者だけで白黒をつけようとすると、患者さんの思い込みにも、院長のプライドにも、それぞれの立場から相応の理由があるため、必ず衝突します。だからこそ、早い段階で外部の専門的な視点や第三者の目を交えることが、結果的に双方にとって納得感のある解決への一番の近道になるのです。これは今回のようなリハビリ現場の事案に限らず、投薬ミスを疑われるケースや、説明義務違反を主張されるケースなど、ペイハラに関わるあらゆる事案に共通する鉄則です。
まとめと結びに代えて
今回の案件は、決裂すれば裁判になり、客観的な証拠不足によるリスクを抱える可能性がありました。しかし結果としては、個人の身体的な特徴や合併症的な症状の可能性について、現場のスタッフが長時間にわたり丁寧に説明を重ねたことで、患者さんご自身が「そこまで詳しく説明してもらえるなら」と納得され、本来のリハビリ治療に専念するという形で一応の決着を見ました。
交渉としては無事に着地しましたが、これは先ほど解説したゴムマリ理論でいうやるべきことの一つ、すなわち第三者機関への届出という客観性の担保を経由せずに収まった、いわば綱渡りの決着でもあります。院長の感情やプライドを優先させてしまった部分について、今後の組織のハラスメント対策としては大いに反省し、改善すべき点があると私は考えています。そして、それを完全に説得しきれなかった自分自身の力不足も、専門家としての今後の課題として真摯に受け止めています。
今回はたまたま患者さんのご理解が得られましたが、一歩間違えば、感情的な対立が固定化したまま診療拒否に至り、不妊治療クリニックの事案のように、病院側が不利な評価を受けるリスクも十分にあり得たのです。自分の気持ちやプライドが先に立ち、その場の危機管理判断を左右してしまう。そしてたまたま結果がうまく収まっただけ、という状況は、決してこの病院だけの特別な話ではなく、全国の数多くの医療機関で日常的に起きているのではないかと強く感じています。今回の経験を私自身への戒めとしながら、皆様への他山の石として共有させていただきました。
医療機関が患者さんからの理不尽な主張やクレームに直面したとき、本当に頼りになるのは「自分たちは正しいはずだ」という主観的な確信ではなく、その確信を裏づける客観的な事実と、それを冷静に検証する仕組みです。感情やプライドが先に立つ判断ほど、後になって現場のスタッフや組織全体を苦しめることを、私たちは失敗から繰り返し学んでいく必要があります。
私は、元警察署長としての事件や事故の最前線での危機管理経験や、財務省・国税庁への出向経験を経て、現在は看護学校の講師や福岡市医師会の医療安全対策支援アドバイザーを務めております。これまで、ご依頼に応じて市内の病院で数多くのトラブル相談対応や、現場向けの研修・講話を行ってまいりました。
「うちのスタッフの対応にミスはなかったはずなのに、患者さんが医療ミスだと言って譲らない」「院長や現場のプライドが邪魔をして、第三者への相談がなかなか進められない」「クレーム対応が長時間化し、現場のスタッフが疲弊しきっている」「毅然とした対応と、患者さんに寄り添う姿勢のバランスがわからなくなってきた」
こうした現場のリアルなお悩みをお持ちの医療機関の皆様は、どうぞ一人で抱え込まず、遠慮なく柴田建一(シバケン)までご相談ください。また、窓口となるご担当者様が個別でお悩みの場合も決して珍しくありません。どのような小さなことでも構いませんので、安心してお気軽にお声掛けください。現場の皆様が安心して本来の医療業務に専念できるよう、全力でサポートさせていただきます。
本日も最後までブログをお読みいただき、本当にありがとうございました。日々、目の前の患者さんと真摯に向き合っておられる医療現場の皆様に、心より敬意を表します。今日もお疲れ様でした。
【事案分析と解決の設計士:柴田 建一(シバケン)】
👉 公的エビデンス:厚生労働省の公式指針はこちら 組織として講ずべきハラスメント対策の公的な基準については、厚生労働省発出の以下の指針をご確認ください。 【厚生労働省】労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf)

