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医療現場のクレーム対応マニュアル〜元警察が教える初動の鉄則〜

導入部

医療現場において、患者やその家族からのクレームは避けられない。

診療の待ち時間、医師の説明不足、治療結果への不満——
こうした訴えに対し、医療従事者は日々対応を迫られている。

しかし、初動対応を誤れば、事態は急速に悪化する。

・暴言・暴力に発展する
・SNSで拡散される
・訴訟に発展する
・マスコミに取り上げられる

このような最悪の事態を防ぐには、初動が決定的に重要である。

警察では、市民からの苦情や不満に対し、
組織的に訓練されたコミュニケーション技術を用いる。
その技術は、医療現場にも応用可能だ。

本稿では、警察での実務経験と医師会でのコンサルティング経験から得た、
「医療現場で使えるクレーム対応の鉄則」を提示する。

鉄則1: 初動の3分で事態の90%が決まる

【原則】

クレーム対応は、初動が全てである。
最初の3分間で、相手の感情を鎮静化できるかどうかが、
その後の展開を決定する。

【やってはいけない対応】

× 「そのようなことはありません」と即座に否定する
× 「規則ですので」と突き放す
× 「担当者が不在なので分かりません」と逃げる
× 相手の話を遮る
× 腕を組む、目を合わせない等の非言語的拒絶

これらは、相手の怒りを増幅させる。

【正しい初動対応】

① まず、相手の話を最後まで聞く
相手が求めているのは、「聞いてもらうこと」である。
途中で遮らず、うなずきながら、最後まで傾聴する。

② 感情を受け止める
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
この一言が、相手の感情を和らげる。
※事実を認めるのではなく、感情を受け止める

③ 相手の名前を確認し、呼びかける
「○○様、お話をお聞かせいただき、ありがとうございます」
名前を呼ぶことで、相手は「個人として尊重されている」と感じる。

④ 次のアクションを明示する
「詳しく状況を確認し、○時までにご連絡いたします」
具体的な時間と行動を示すことで、相手は安心する。

【警察の現場から】

警察では、110番通報や窓口対応において、
「まず聞く」「感情を受け止める」「次の行動を示す」
この3ステップが徹底的に訓練される。

これにより、興奮状態の市民を落ち着かせ、
冷静な対話に持ち込むことができる。

医療現場でも、全く同じ原則が適用できる。

鉄則2: 対応者を明確にし、一本化する

【問題の本質】

クレーム対応で最もやってはいけないのは、
「たらい回し」である。

・受付で話を聞く
・看護師に引き継ぐ
・事務長が出てくる
・最後に院長が出てくる

このような対応は、相手の怒りを爆発させる。

「何度同じ話をさせるんだ!」

こうなれば、収拾は不可能になる。

【正しい対応】

① 初期対応者を決める
クレームを最初に受けた者が、最後まで責任を持つ。
途中で別の者に引き継ぐ場合も、必ず同席する。

② 対応者の名前と役職を名乗る
「私、○○病院の事務長、△△と申します。
 本件について、私が責任を持って対応させていただきます」

この宣言により、相手は「逃げられない」と安心する。

③ 上位者への報告・相談は「内部」で行う
対応者が判断に迷った場合、
相手の前で「ちょっと上に聞いてきます」と席を外すのは最悪である。

相手に待たせる時間を最小限にし、
必要なら上司を同席させる。

④ 最終決定権者を早期に投入する
事態が深刻な場合、院長や理事長が早期に対応する。
「後から出てくる」のではなく、「最初から関与する」姿勢が重要。

【警察の現場から】

警察では、重大な苦情や要求には、
署長自らが初期段階から対応する。

これにより、相手は「真剣に対応してくれている」と感じ、
過激な行動に出ることを思いとどまる。

医療機関においても、院長・理事長の早期関与が、
事態の沈静化に極めて有効である。

鉄則3: 記録を徹底する

【原則】

クレーム対応において、記録は絶対に欠かせない。

「言った」「言わない」の水掛け論を防ぎ、
訴訟やトラブル拡大時の証拠となる。

【記録すべき事項】

① 日時・場所
② 相手の氏名・連絡先
③ 訴えの内容(できる限り相手の言葉をそのまま記録)
④ 対応者の氏名・所属
⑤ 対応内容(何を説明し、何を約束したか)
⑥ 相手の反応
⑦ 次回対応予定

これらを、時系列で詳細に記録する。

【録音の是非】

相手の同意を得た上で、録音することが望ましい。

「正確な記録のため、お話を録音させていただいてもよろしいでしょうか」

この一言が、相手の過激な発言を抑制する効果も持つ。

【警察の現場から】

警察では、市民との対話は必ず「対応記録簿」に記載される。
また、窓口には防犯カメラが設置され、
音声・映像が記録される体制が整っている。

これにより、後日「警察官に暴言を吐かれた」といった
虚偽の訴えにも、客観的証拠で反証できる。

医療機関においても、受付や相談室に録音・録画設備を設置し、
証拠保全体制を構築することを強く推奨する。

鉄則4: 暴力・脅迫には毅然と対応する

【原則】

医療従事者の安全は、何よりも優先される。

患者やその家族が、暴言・暴力・脅迫に及んだ場合、
「医療機関だから我慢すべき」という考えは、完全に誤りである。

毅然とした対応が必要だ。

【暴言・暴力のライン】

以下の行為は、刑法上の犯罪に該当する。

・殴る、蹴る → 暴行罪・傷害罪
・「殺すぞ」等の脅迫 → 脅迫罪
・物を破壊する → 器物損壊罪
・長時間の拘束 → 監禁罪・業務妨害罪

これらの行為には、躊躇なく警察を呼ぶべきである。

【対応手順】

① 安全確保
職員の身の安全を最優先し、その場から離れる。
無理に対応を続けない。

② 複数人で対応
一人で対応せず、必ず複数人で対応する。
できれば、体格の良い男性職員を配置する。

③ 警告する
「これ以上暴言を続けられる場合、警察に通報します」
明確に警告する。

④ 警察に通報する
警告に従わない場合、躊躇なく110番通報する。

「患者だから」「家族だから」という遠慮は不要である。
暴力は犯罪である。

⑤ 被害届を提出する
暴行・傷害が発生した場合、必ず被害届を提出する。
「穏便に」と被害届を取り下げると、再発を招く。

【警察の現場から】

警察では、職務執行中に暴行を受けた場合、
公務執行妨害罪で即座に逮捕する。

「警察官だから殴られても仕方ない」という考えは存在しない。

医療機関も同様である。
「医療従事者だから暴言を受けても仕方ない」
という考えを、組織から排除すべきだ。

職員を守る姿勢を明確に示すことが、
職員の士気を保ち、安全な医療環境を維持することに繋がる。

鉄則5: 組織で共有し、再発を防ぐ

【原則】

クレーム対応は、個人の経験で終わらせてはならない。
組織全体で共有し、再発防止に活かすべきである。

【共有すべき情報】

① どのようなクレームがあったか
② 初動対応はどうだったか
③ どのように解決したか(または未解決か)
④ 今後の改善点は何か

これらを、定期的なミーティングで共有する。

【ケーススタディの蓄積】

過去のクレーム事例を、ケーススタディとして蓄積し、
新人研修や定期研修で活用する。

「こういうケースでは、こう対応する」という
実践的なノウハウが、組織の財産となる。

【マニュアルの整備】

クレーム対応マニュアルを作成し、全職員に周知する。

マニュアルには、以下を明記する。

・初動対応の流れ
・対応者の役割分担
・記録の取り方
・警察通報の基準
・報告ルート

そして、定期的に見直し、更新する。

【警察の現場から】

警察では、全ての苦情・要望が「苦情処理簿」に記録され、
署長以下、全幹部が閲覧できる仕組みになっている。

また、重大な苦情は、全署員に情報共有され、
同様のトラブルを防ぐための教訓として活用される。

医療機関においても、同様の仕組みを構築することで、
組織全体の対応力が向上する。

結論

医療現場のクレーム対応は、初動が全てである。

最初の3分間で、相手の感情を受け止め、
冷静な対話に持ち込むことができれば、
事態の90%は解決に向かう。

逆に、初動を誤れば、
事態は急速に悪化し、取り返しがつかなくなる。

本稿で示した5つの鉄則——

1. 初動の3分で事態の90%が決まる
2. 対応者を明確にし、一本化する
3. 記録を徹底する
4. 暴力・脅迫には毅然と対応する
5. 組織で共有し、再発を防ぐ

——これらは、警察での実務と医療現場での経験から得た、
実践的なノウハウである。

医療従事者の皆様には、
「患者だから」「家族だから」と我慢するのではなく、
適切な対応技術を身につけ、
そして暴力には毅然と対処していただきたい。

医療現場の安全と、患者との信頼関係の構築——
この両立こそが、真のクレーム対応である。
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